約 4,860,761 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2709.html
床に転がした電話機が鳴っている。 丁度コートに手を掛けたところだったダンテは、器用に受話器を蹴り上げると、そのまま空中でキャッチして耳に押し当てた。 「デビル・メイ・クライだ。生憎だが、出張の為しばらく休みだぜ。期限は未定だ、よろしく」 受話器から響く怒声とも懇願ともつかない雑音を聞き流しながら、無造作に放り投げる。 キンッと音を立てて、輪投げよろしく電話機の上に乗っかった。 最初から興味など無かったダンテは、それを尻目にコートを羽織る。 久方ぶりに袖を通した、ダンテの性格を体現する真紅の服装に自然と笑みが浮かんだ。やはり、この格好が一番しっくりくる。 「そう言うワケだ、レナード。後は頼んだぜ」 「……何日も事務所空けっ放しで、俺に連絡も寄越さないでおきながら、いきなり帰って来てそれかよ」 そこだけ新品同様になっている入り口のドアの傍に立っていたレナードは、弱弱しく悪態を吐いた。 もはや、この男に何を言っても無駄だと悟っている。 大仕事をこなし、報酬も入って万々歳という直後にそのまま消息を晦ましたダンテをレナードが今の今まで気に掛けていたのは、もちろん安否を気遣う理由ではない。 便利屋としても裏の世界に名の知れ渡っている<Devil May Cry>に、唯一まともに仕事を斡旋できるのがレナードの強みの一つだからだ。 ダンテが帰って来ていきなり無期限の休業宣言をすれば、一番ワリを食うのは誰か言うまでも無い。 「ここ最近、キナ臭くなってそこら中の組織が殺気立ってるんだ。腕っ節の立つお前さんだって引く手数多さ。 ……それを、いきなり全部キャンセルはねぇだろ!? 頼むよ、話もつかねえとなったら俺が酢豚にされちまう!」 「キャンセル? 話も聞いてねえよ。人の都合も考えずに勝手に請け負うからだ。せいぜい料理されないようにダイエットに励みな」 「ひ、人事だと思ってよ……!」 レナードの悲壮な訴えなど歯牙にもかけない。 これが無力な一般人の叫びなら良心が痛まないわけでもないが、相手は小ずるい腹黒の小悪党だ。自業自得というものだろう。 それでもレナードは得意の口八丁で何とかダンテの考えを改めさせようと食い縋る。 「ダンテ! 金払いのいい依頼かもしれないけどな、さっきも言ったとおり最近何処も殺気立ってるんだ。 そんな時期に、管理局からの長期の仕事なんて引き受けてみろ。どの組織からも睨まれるぜ? 便利屋としての信頼もガタ落ちだ、公的組織に尻尾振る飼い犬だってな!」 「言わせたい奴には言わせとけよ。外に知り合いを待たせてあるんだから、足引っ張るな。もう行くぜ」 「外? あのスゲエ車に乗った綺麗な金髪のオンナか?」 「ああ、美人だろ?」 「お前さんの好きそうなタイプだよ。アンタの事務所の前じゃなかったら、強盗と好きモノの変態が群がってくるだろうぜ……」 「あんないい女なら尻尾を振ってもいい、そうだろ?」 ダンテは舌を出して『ハッハッハ』と犬の真似をしながらおどけて見せた。 二本の<得物>を仕舞ったギターケースを引っ掴むと、縋るレナードへウィンク一つ寄越して事務所のドアに手を掛ける。 「それじゃあな。俺のいない間、事務所の管理は頼むぜ」 「ダンテ! いつまで待ちゃいんだ!? 帰って来るんだろ!?」 答えず、気楽に手を振すると、ダンテは事務所から出て行った。 閉まったドア越しに『ちくしょー、この悪魔!』という嘆きが聞こえるのを耳に入れず、ダンテは意気揚々と手持ち無沙汰に待つフェイトの元へと向かった。 「待たせたな」 「私物は、それだけでいいんですか?」 「あまり物は持ち歩かない主義でね」 後部座席にケースを放り込み、自分は助手席へと腰を降ろす。 ここへの道すがらと同じ、勝手知ったるリアシートを後ろへ押し倒すと、ダッシュボードの上に足を投げ出した。 他人の車でここまでリラックスできるダンテの図太さに呆れながら、言っても無駄だと悟っているフェイトはため息一つで済ませ、車を走らせる。 死にかけた街の景色が前から後ろへと流れていく。時折、その景色の中に人の姿も見かけた。 なけなしの現金を抱えてベンチに横になった男。派手に着飾った娼婦。そして、路地裏の影で寄り添うように座り込んだ子供達。 それらを見る度に、フェイトはやるせない気分になっていた。 「華やかなりし街の影ってところか」 フェイトの心の内を代弁するように、ダンテが呟いた。 繁栄の在る場所には格差もまた存在する。完全な平等などというものは、文明の停滞の下でしかありえないのだから。それはこの世界においても例外ではない。 多くの次元世界との交流が複雑に絡み合うミッドチルダにおいて、訪れる人はその種と同じだけ差が存在するのだ。 「首都に住んでいると忘れてしまいがちな……これが現実だと、分かってはいるんですけれど」 「気にするな。ここも、そう悪いもんじゃない。 ――ところで、コイツか? <悪魔>と繋がりがある次元犯罪者ってのは」 一介の執務官と便利屋が世情を嘆いても仕方ないとばかりに、ダンテは話を切り替え、情報の表示された電子ボードを睨み付けた。 ダンテほど物事を割り切れないフェイトだったが、質問には頷いて答える。 「ジェイル=スカリエッティ。私が追っている、大物の犯罪者です。各所のレリック強奪に関わるガジェットは彼の差し金、最近になって<悪魔>との繋がりも濃厚になりました」 「こいつが俺の事務所を吹き飛ばしてくれた張本人ってワケだ」 「奴と会話を交わしたんですよね。本人と接触したのは、多分ダンテさんが初めてです」 「ベラベラとよく喋る、胡散臭い奴だったよ。俺は自分よりお喋りな奴は嫌いなんだ」 不機嫌そうに鼻を鳴らす。 フェイトは肩を竦めた。ダンテの証言から、スカリエッティの人物像を少しでも把握しようと思ったが、この様子ではあまり積極的に語ってはくれないだろう。 だが、打算的ではあるが共通の敵が出来ることは、共に戦う上で都合がいい。 「情報は少ないですが、スカリエッティに関しては帰ってからダンテさんにも詳しくお話します。 それで……今のところ奴の協力者として可能性の高い<バージル>という男に関してなんですけど……」 「まとめて一緒に話してやるよ」 <バージル>という名前が出た途端、目に見えて変わったダンテの雰囲気にフェイトは口を噤んだ。 ただ敵意や怒りを抱くだけではない、悲しみと懐かしさも入り交ざった複雑な表情を浮かべている。 自分とスカリエッティがそうであるように、ダンテとバージルには浅からぬ因縁があるらしい。 彼の敵であるならば、やはり自分にとっても敵となる。 得体の知れぬ<悪魔>という存在を交え、複雑に、そして肥大化していく暗黒の気配を感じながら、フェイトは車を進める先に敵の姿を幻視した。 これまで漠然としていた、自分たちが真に敵対すべき者達の姿が徐々に形となり始めている。 <奴ら>はこちらの思惑の届かぬ場所で、一体何を企み、何を成そうとしているのか――。 エンジンの僅かな振動だけが響く車内、お互いに似た懸念を抱きながらダンテとフェイトは沈黙を続けていた。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十八話『Dear My Family』 「――そこまで! <インターセプトトレーニング>終了!」 ティアナが最後の誘導弾を撃ち落した瞬間、なのはが訓練の終了を告げた。 絶え間無い疲労の蓄積から解放された安堵に、ティアナは大きく息を吐く。張り詰めた神経が解れていく感覚と同時に脱力感が全身を重石のように襲った。 座り込みたい、が。堪える。 デバイスをホルダーに差し込み、直立不動で次の指示を待つティアナの意地とも言える気丈な姿を見て、なのはは微笑した。 「今日の個人教導はこれにて終了。休め」 「はい!」 ようやくティアナの体から強張りが抜ける。 愚直なまでに公私の区別を付けたがるティアナの生真面目さも、もうなのはには慣れ親しんだものだった。今はそれすら好ましく思える。 少し気の緩んだティアナのぼうっとした視線とぶつかり、二人はしばし見詰め合って、湧き上がった奇妙な可笑しさに一緒に小さく笑った。 教導官と訓練生としての時間は終わる。ここからは少しだけプライベートだ。 「完璧だったね。次からはワンステップ先に進めるよ、ティア」 「ありがとうございます、なのはさん」 それはつまり、こういう呼び方をするようになった二人の新しい関係だった。 「誘導弾の操作も大分精度が上がってきたね。小手先の技だけど、二種類の射撃があるだけで攻撃の幅は驚くほど広がるよ」 「最近、直線射撃に偏ってる自覚はしてましたから。なのはさんのお墨付きなら、矯正は成功ですね」 「ティアならあまり細かく言わなくても自分で使いどころ考えられるよねぇ……うーん、なんか物足りないなぁ」 「いや、教導官の方が訓練に疑問持ってどうするんですか?」 「だって、あの日から意気込んで色々訓練考えてるのに、ティアってば結構難なくこなしちゃうんだもん」 以前の自分と立場が入れ替わったかのようななのはの言動に、ティアナは苦笑した。 あの模擬戦を経て、心を開いた夜――あれからティアナの日常は少し変化し、自身の中では大きく何かが変わった。 なのはは基本を教えながらも教導にティアナの要望を取り込むようになり、ティアナはそれによって過酷になった訓練を一皮向けた精神力によってこなすようになった。 もう焦りは無い。戦いへの苛烈な意志はそのままに、周囲を見渡す冷静さと余裕を持つようになったのだ。 なのはの望む、新人メンバー達のリーダー格という器になりつつあるティアナにとって、残された問題は彼女自身の戦闘力の向上だった。 「――やっぱり、一撃の威力が欲しいと思うんですよね」 訓練やチームワークについて以前より遥かに気安くなった雰囲気でアレコレと交わす中、自身の話へと移って、ティアナはおもむろに告げた。 「あたしの弱点は、ここぞという時の切り札が無いことだと思うんです」 ティアナは自己分析を冷静に口にした。 なのはは頷く。 「そうだね、射撃型はどうしても魔力容量と出力が攻撃力に直結する。 魔力弾を量はそのままに、圧縮して濃度を上げるっていうティアの方法は、上手くその弱点をフォローしてると思う。でも、限界はある」 「一発で、大ダメージを与えられる攻撃方法が欲しい。<ファントム・ブレイザー>じゃ駄目なんです」 「確かにあの魔法は、正直ティア向いてないかな。 威力と範囲はカバー出来るけど、消耗率が高すぎるよ。魔力量を効率で補ってるティアに適したものじゃない」 「どちらかというと、なのはさんのバスターと同じ系統の魔法ですからね」 近くの木の幹に腰掛け、談笑する様は降り注ぐ木漏れ日も手伝ってひどく穏やかな雰囲気を漂わせていたが、交わされる言葉は真剣そのものだった。 「……やっぱり、タイプの違うわたしじゃアドバイスは難しいのかなぁ。わたしの考えることはティアも既に考えてるみたいだし」 「存在そのものが必殺のなのはさんに、必殺技のコツを尋ねても難しいですよね」 「何その物騒な評価! ティアまでそんなこと言うの!?」 時折、そんな場を和ます冗談も交えながら語り合う。 少し前までは考えられない、なのはとティアナのやりとりだった。 「参考になるか分からないけど、わたしの場合は鍛える時短所を補うより長所を伸ばす方法を取ったよ。 例えば、当時必殺技だった放出系魔法を改良しようと思った時、発射シークエンスを変更する方法を取ったんだ。まだ未熟だったからチャージ時間が長くて高速戦では使えなくて――」 「発射の高速化――じゃないですね。なのはさんなら、チャージタイム増やして威力を上げたんじゃないですか?」 「当たり! 使いどころはとことん選ぶけど、信頼出来る切り札になったよ」 「その見かけによらない博打好きな人柄に惚れます」 「にゃにゃ!?」 真顔で告げるティアナに対して、なのはは奇声を上げながら頬を赤くした。 もちろん、当人は誤解を恐れない本音を告げただけである。なのはの性格に、どこかダンテと共通する部分を感じ取ったのだった。 なのはは気を取り直すように咳払い一つすると、改めて自分の助言をティアナに告げた。 「まあ、要するに。持ち味を活かす、っていうのが重要だと思うの」 「持ち味……」 「例えば、ティアの場合はわたしにも真似出来ない命中精度とか魔力の圧縮率。その辺にパワーアップの鍵があるんじゃないかな? 新しい魔法を覚えるより、ずっと近道だと思うよ」 「……なるほど」 ティアナは神妙な顔で頷いたが、対するなのはは自分自身の助言の余りの曖昧さに少し落ち込んでいた。 「ごめん。あんまり参考にならないよね……」 「いえ、そんなことないですよ」 首を振るティアナの眼に、誤魔化しや気遣いは無い。本心だった。 「なのはさんのおかげで、ちょっと試してみたいことを思いつきました。ありがとうございます」 何かを得た興奮と決意が、自然と力強い笑みを形作っていた。 「ははっ、どういたしまして」 そんなティアナの様子を頼もしいと思うと同時に、なのはは更に大きく落ち込んでしまう。 「……なんか、やっぱりティア自分一人で解決しちゃったみたいだね……」 出来が良すぎるというのも困りもの。 あの夜には、目の前の少女を鍛える為に一大決心したものだが、蓋を開ければ『アレ、わたし実は要らない子なの?』と思わずにはいられない現状だった。 「あ、いや。なのはさんのおかげですよ、閃いたの! ホント! ありがとうございます!」 「いいよぉ、そんな気を使わなくて……。どうせ、わたしに教導なんて向いてないの。部下の気持ちも分からない独りよがりな女なの……」 「なんでそんなに打たれ弱くなってるんですか!? なのなの……いや、なよなよしないで普段通りに戻ってくださいよ!」 模擬戦の時のように眼が死んでるなのはをティアナが慌てて慰めていた。 もちろん、半分はじゃれ合っているようなものである。互いの弱さを笑って話せる程度には、二人は分かり合っていた。 雨降って地固まる、とは正にこの事。 ――そして、もう一つ固めるべき地があることをティアナは理解していた。 「おーい、なのは。こっちの訓練も終わったぞ」 駆け寄ってくるのは同じく個人教導を行っていたヴィータとスバル。 例の如くスバルは、時にヴィータにぶっ飛ばされ、時に自ら転がり、痣と土汚れだらけだった。 「お疲れ様。スバルの調子はどう?」 「ギリギリ合格点ってところか。馬力は上がってるけど、前に指摘した部分を十分に改善できてねーな。長所を伸ばしすぎだ」 「ハハ……すみません」 一見するとヴィータとスバルの二人は同じ突撃思考タイプに見えるが、そこは年の功。 猪突猛進気味なスバルの戦闘方法に生じる粗をヴィータは前々から懸念していた。しかし、矯正の効果はあまり見込めていない。 「索敵とか位置選び、細かい点を相棒のティアナに任せすぎてたな。一人になると、その辺が隙になっちまうぞ」 「……すみません」 ヴィータの的確な指摘に、スバルは気まずげに俯いた。 チラリ、とティアナの方を一瞥し、それから何かを堪えるように口を噤んでまた俯く。 普段の快活なスバルらしくない仕草だった。 その分かりやすい態度を、ティアナはもちろんなのは達が気付かないはずはない。 あの日――模擬戦以来、それはどうしようもないことなのかもしれないが、スバルとティアナの間に小さな溝が出来てしまっているのだった。 日常の中で、二人は以前と同じように寝食を共にし、会話もしているが、やはり以前と同じように心を通わせることは出来なくなってしまっていた。 「……まあまあ、ヴィータちゃん。とりあえず、訓練はこれで終了。 スバル達はシャワーを浴びて着替えたら、オフィスに集合してね。はやて部隊長から何か発表があるらしいよ」 重苦しい程ではないが、どうにも形容しづらい微妙な二人の雰囲気を払拭するようになのはが告げた。 それじゃあ、と。これまでなら嬉々としてティアナを伴っていた筈のスバルが一人で隊舎へ向かう背を眺め、なのはは無言を貫くティアナに小声で問い掛けた。 「やっぱり、スバルとは仲直り出来てない?」 「寝る前とか、話すタイミングを計ってるんですけど……なんか、普段通りに返されると曖昧になっちゃって……」 「スバルなりの気遣いなんだろね『気にしてない』っていう。実際は、気にしちゃってるみたいだけど」 「アレは、完全にあたしの方に非がありますから。負い目の分、強く切り出せないんです」 「きっかけがあれば、だね?」 「ありますか?」 「任せなさい」 ティアナにスバルへの謝罪と仲直りの意思があることを確認すると、なのはは満足げに笑ってドンッと胸を叩いて見せた。 その仕草に小さく笑みを浮かべ、感謝の意思を込めて一礼すると、ティアナもまたスバルの後を追うように隊舎へと向かった。 なのははその背中をいつまでも見守っていた。 懸念は残っている。しかし、不安はない。 ティアナは、きっとスバルとの絆を取り戻すだろう。あるいはそれ以上のものを。 好意の反対は無関心だと言う。 模擬戦で見せたスバルへの苛烈な反発がティアナの偽らざる感情ならば、それが一端に過ぎないスバルを想う心もまた本物なのだ。 良くも悪くも、あの頑なな少女がスバルという存在を自らの内まで踏み込ませ、心を許しているという事実が、なのはには微笑ましく映るのだった。 「ホント、不器用なんだから……」 「おめーが言えたことじゃねーだろ」 年上ぶって苦笑してみせるなのはの後頭部を、ヴィータがグラーフアイゼンでコツンと叩いた。 オフィスには制服に着替えたフォワードのメンバー達とシャマルやシャリオなどの手の空いた一部の隊員だけが集められていた。 新人達もすっかり板についた一糸乱れぬ整列を、向かい合う形ではやて達隊長陣が眺めている。 その上司達の中に二人――六課では本来在り得ぬはずの姿があった。 「――もう聞き及んでると思うけど、機動六課に外部協力者を迎え入れることになった」 自分の傍らに立つ二人の人物へ隊員達の視線がチラチラと向けられるのを感じながら、はやてが厳かに告げた。 「いずれも任務の際に遭遇した<アンノウン>に対抗する為、特別措置として一時的に六課へ出頭することになった人物や。 正式なメンバーではない為、いろいろと制約と自由の違いはあるが、私らの手助けをしてくれる力強い味方である事は間違いない。皆、仲良くするよーに」 最後はちょっと茶化すように告げる。 場の空気が和んだところで、はやてが促すまま二人が一歩前に出た。 「まず、皆顔くらいは会わせてるやろ。数日前から六課にいて、今日正式に契約を交わしたダンテさんや」 「ダンテだ。ま、よろしく頼むぜ」 以前とは違う借り物の制服姿ではない、真紅のコートに身を包んだ彼本来のスタイルでダンテは軽く挨拶をして見せた。ウィンクもおまけに付ける。 既にほぼ全てのメンバーと交流のある彼の参入は好意的に受け入れられた。スバルが軽く手を振るのを、隣のティアナが諌めるのが見えて苦笑する。 そして、もう一人。こちらは新人達には全く見覚えの無い男に紹介が移った。 「こちらは本局から来ていただいた、無限書庫のユーノ=スクライア司書長や。 私よりも偉いので、言うまでも無いけど失礼のないように。気さくな人やけど、高町隊長とプライベートな関係やから玉の輿狙う娘は命賭けてなー」 「はやて……」 真面目な顔で冗談とも本気とも取れないことを告げるはやての傍らで、ユーノとなのはが引き攣った笑みを浮かべていた。 一方で、この意外な人物の登場に初耳のメンバーの中ではどよめきが起こっている。 本局勤務の重役が、身一つでやって来たのだ。個人的なコネや要請でどうにか出来る人物ではない。 ティアナや一部の聡い者達が疑念を抱く中、ユーノは咳払い一つして、人当たりのいい笑みを浮かべた。 「ユーノ=スクライアです。未だに情報の少ない<アンノウン>に関しての分析などでサポートする任に就きました。所属としてはロングアーチに位置します。どうぞ、宜しく」 簡単な紹介が終わると、堅苦しい場はそこでお開きとなった。 レクリエーションのような軽い雰囲気の中、オフィスのメンバーは二つに分かれる。 隊長陣を中心としてユーノの下に集まる者と、既に大半のメンバーと親しくなっているダンテのグループだ。 「これからお願いします! ダンテさん!」 「空中戦のログ見せてもらいました! スゴイです! あの、剣も使うって本当ですか? 良かったらボクと模擬戦……」 「エリオ君、いきなりそんなこと言ってもダンテさん困っちゃうよ。あの、これからよろしくお願いします」 『キュクルー』 抱きつかんばかりに駆け寄ってきたのは新人メンバーだった。 若さゆえの素直な性分か、真っ直ぐな好意を向けてくる三人にダンテはらしくもなく尻込みしていた。 スバルはもちろん、控え目ながらも初対面とは変わって警戒心の無いキャロの笑み。エリオに至ってはダンテに向ける視線がテレビの中の有名人に向けるそれである。 荒事ばかりの人生のせいか、尊敬と敬意を持たれるのはどうにも慣れていない。警戒混じりのフリードの素っ気無さくらいで丁度いいのだ。 「ハハッ、ここまで歓迎されるとこっちが度肝を抜かれちまうな。まあ、猫の手だとでも思って気楽に接してくれ」 何とも言いがたいむず痒さを苦笑に変えて、ダンテは言った。 そして、まるで流れ作業のように次々と見知った顔が前に現れ、言葉を交わしていく。 「ダンテさんの剣はデバイスと一緒に預かっておきます。メンテナンスもバッチリ任せてください!」 「頼もしいな。ティアがいなかったから、デバイスの方はしばらく触ってないんだ」 「ティアナのクロスミラージュも相当ですけど、ダンテさんは更に過激な扱いしてますね。二人してデバイス泣かせですよ?」 「デリケートな扱いは苦手でね」 「でしょうね。……剣の方ですけど、すこーし解析させてもらってもいいですか?」 「……分解はしないでくれよ」 シャリオの言葉に苦笑いを返し、 「六課に歓迎しますぜ、旦那」 「ああ、まったくいい所だ。美女に囲まれた理想的な職場だな。これで花の首飾りとキスで歓迎されれば文句無しだ」 「そいつはフェイト隊長にねだってください。ハグなら、俺がなんとか」 「男と抱き合う趣味は無いぜ」 「俺もです」 数少ない同性同士、妙に気心の知れた笑みを浮かべ合いながらヴァイスと軽く拳をぶつけ合う。 そうして一通りの挨拶を終えると、ダンテはあからさまに『今気付いた』と言わんばかりに驚きの表情を浮かべて、離れた場所で佇む最後の一人を見つめた。 「Hey! こいつは驚いたな、俺の知り合いにソックリだ。つい最近振られたばかりの相手でね」 「うっさい! ……あの時は、悪かったわよ」 3年ぶりの再会を数日前に自ら台無しにしてしまったティアナは、ダンテのいつものジョークに対して少しばかり気まずそうに返した。 あの時は、色々問題を抱えていて素直に再会を喜べなかった。 現金な話だが、その問題が解決した今、誰よりも彼に話を聞いてもらいたい。そんな想いをおくびにも出さず、腕を組んで不機嫌な表情を作る。 もちろん、その全ての虚勢を見透かしたダンテは、笑いながら静かにティアナの下へと歩み寄った。 「あの時は傷付いたな。こう見えて、中身は結構ナイーブなんだ」 「……ごめん」 「冗談さ」 「分かってる。でも、ごめん。アンタから……逃げたわ」 最悪のタイミングでの再会だった。 彼から教わった信念を何一つ貫き通せず、敗北し、惨めな自分の姿を見られたくなかった。精一杯の虚勢で拒絶し、そんな行動の中で自分は一瞬彼に縋ってしまおうかとも考えたのだ。 情けなさと悔しさ、自己嫌悪が蘇って、それを堪える為に唇を噛み締める。 「そういう所は相変わらず不器用な奴だな」 そんな変わらない性格を、ダンテは苦笑して受け入れた。 「でも変わったよ、お前。3年前とは見違えた」 「……本当?」 「スタイルの話じゃないぜ?」 「バカ。真面目に言ってよ」 「こいつは失礼。雰囲気というか、顔つきがな……ティーダに似てきた」 ティアナは驚いたようにダンテを見上げた。穏やかな微笑みが浮かんでいる。 彼が時折見せる、挑発するものでも茶化すものでもない――それこそどこか兄の面影を感じる、包み込むような優しい笑顔だった。家族に向ける顔だった。 「あたしが、兄さんに……?」 自己嫌悪など吹っ飛んで、ティアナはダンテの発言の真意を確かめるように尋ねた。 途端、真摯で真っ直ぐだった瞳が悪戯っぽく歪む。 「ああ。アイツ、女顔だったからな」 「もうっ!」 それがダンテなりの照れ隠しだと長年の付き合いで分かっていたが、上手くかわせるほど老練もしていないティアナは頬を膨らませて胸板を殴りつけた。 怒り任せにしては随分と軽い音が響き、そのまま二人の間に沈黙が走る。 「……ありがとう」 「ああ――会いたかったか?」 「たぶんね」 「釣れないな」 そして、二人はごく自然に抱き合った。 異性としてのそれではなく、家族として。激しくは無く、ただ静かに。 3年という月日で離れた距離をたったそれだけで埋め合える、酷く穏やかな抱擁だった。 「こういうの、何て言うんだったか……」 「感動の再会、でしょ?」 温もりを感じ、軽口を返して、ティアナはその時ようやくダンテとの再会を果たせたような気がした。 しばらく動かずにその体勢のままでいる。 心地良かったが、心の片隅で違和感を感じていた。 ――はて、何か忘れちゃいまいか? 「…………グスッ。よかったね、ティア」 聞き慣れた相棒の声と鼻を啜る音を聞いて、ティアナは瞬時にダンテの懐から飛び退った。 我に返ったティアナは自分の置かれていた状況を思い出し、戦慄と共に周囲を見回す。 返って来たのは映画のクライマックスを見守る観客のような生暖かい幾つもの視線だった。具体的にはニヤニヤしていた。 当のスバルは涙と鼻水を垂らしながらも笑みを浮かべるという感激の極みといった表情で、その傍らではエリオとキャロがどこか羨ましそうにこちらを見ている。 親愛に満ちた二人の抱擁は、家族の愛に飢えた子供達を大いに刺激したらしい。 「な、な、な……っ!?」 ドモるどころか言葉にも出来ず、壊れたように繰り返すティアナが顔を真っ赤にしながらダンテの方を見ると、こちらは相変わらず飄々とした態度で肩を竦めていた。 全て分かっていて続けていたらしい。 怒りと羞恥で脳みそが破裂しそうな感覚を味わいながら、この混沌とした心境をどう表せばいいのかも分からず、更に混乱する。 そんなパニック状態のティアナにスバルがトドメを刺した。 「記念に一枚撮っておこうか?」 理性の糸をぷっつんと切ってしまったティアナは、奇声を上げながらスバルに殴りかかった。 賑やかなダンテを中心とした集団から離れて、ユーノとそれを囲う旧知の者達がそれを見守っていた。 「大人気だね」 「絵になるからなぁ、ちょっとしたアイドルや。士気の面でもええ効果やね」 苦笑するユーノにはやてが相槌を打った。 ダンテとユーノは同じ立場のはずだが、こちらにははやて達三人の隊長陣とヴォルケンリッターが静かに寄り添うだけだ。 人望の差――などと卑屈に考えることはないが、自分の役職の重さが肩に乗っかっているような気がして、ユーノは人知れずため息を吐く。 こうして10年来の友人と再会しても、子供の頃のようにはいられない。 なのはとオークションで再会して以来、時折そんな切なさを感じることがあるのだった。 「でも、驚いたよ。ユーノ君が来るなんて、わたしギリギリまで知らなかったんだから」 あえて黙っていたのであろうはやてに対して少し怒るように、なのはが言った。 フェイトも同感だった。 「理由はともかく、よく無限書庫を離れられたね?」 「書庫の管理体制には以前から改善案が推されててね。今回は、その新しいシフト設置に乗じて暇を貰ったワケ。定期的な連絡は必要だけどね」 「それにな、ユーノ君が六課に来たのは呼んだからやない。本人からの要望と本局の許可があったからや」 その予想外の答えに、全員がユーノの顔を見つめた。 ユーノが<アンノウン>の情報解析に必要な人材だと判断する根拠も分かっていないのに、それを本人が志願したというのだから当然だった。 奴ら――<悪魔>との遭遇は、ユーノにとってあのホテルでの一件が初めてのはずだ。奴らを一体何時知り得たというのか? 「――詳しい内容は、後で改めて話すよ。あのダンテさんも交えて」 皆の疑念に満ちた視線を受け止め、ユーノは小さく頷いた。 「今、言えることは……僕はずっと前から奴らを知っていた。もちろん、知っているだけで、その存在を信じるようになったのはつい最近だけどね」 「どういう、ことなの?」 「何もかも不確定だけど……奴らの記録自体は実ははるか昔からあったんだ。ただそれを誰も現実として受け止めなかっただけでね。 僕はあのオークションの日まで、個人的にその記録を調べていた。神話や物語を読むような気分で。だけど、あの日確信した。 <悪魔>は、実在する」 狂人の戯言とも取れるユーノの発言を、その場の全員が全く疑いなく受け止めていた。改めて突きつけられる現実への戦慄と共に。 これまで遭遇し、それでも尚別のモノへと結び付けようとしていた逃避にも似た認識を、ユーノの言葉がハッキリと切り捨ててしまった。 「ハッキリと確証は持てないし、まだまだ分からないことは残ってる。だけど、あのオークションの事件を切欠に僕なりに色々調べてみたんだ」 もはや周囲の誰もが沈黙し、ユーノを見つめていた。 ダンテ達の喧騒が酷く遠くに思える。 「全て説明するには時間が掛かる。だから結論だけ告げておくよ――この事件の黒幕の一人は、おそらくウロボロス社のアリウスだ」 ユーノの唐突な発言に呆気に取られるしかないはやて達を尻目に、彼は捲くし立てるように続けた。 「そして敵の目的はこちらの世界と悪魔の存在する世界――<魔界>を繋げることだよ」 確証は無く、ただ確信だけを胸に告げるユーノの脳裏には、あのホテルでの一件以来何度も思い出す本の一文が繰り返し浮かんでいた。 されど魔に魅入られし人は絶えず。 彼らは魔を崇め魔の力を得んと欲し、大いなる塔を建立す。 その塔、魔の物の国と人の国とを結び 魔に魅入られし者は魔に昇らんと塔を登れり。 そはまさに悪業なり。 そはまさに<悪業>なり――。 彼は夢を見ていたらしい。 その夢の中で彼は、初めて手にした剣で迫り来る黒い敵を延々斬り続けていたのだが、その黒い敵の姿形は、時として醜い肉塊のような化け物であったり、亡者の如き骸骨の群れであったり、あるいは彼に生き写しの弟の姿であったりした。 最後に切り裂いた影の姿が、ぼんやりと記憶に残る母親の顔をしていたような気がしていたが、そこで我に返った彼の立つ場所は、いつの間にか巨大な塔の頂上に変わり、瞬きする間にはこの世ならざる魔の河が流れる異空間へと行き着いていた。 取り返しのつかないミスを犯したことに気付いた彼は激しい怒りと喪失感に叫び声を上げるのだが、その時にはまたも場所は移り変わり、其処は無数の墓石が並ぶ墓地となっていた。 人間の名前、悪魔の名前――墓石に刻まれた文字はその全てが彼の知る者達の名前だったが、最後の墓石に刻まれた名前が自分自身のものであると気付いた途端に目が覚めるのだ。 誰が、何の為にかは分からない。何度も繰り返される問いかけを耳にして。 《――更なる恐怖を、望むや否や?》 深夜。 主が出て行って間もないその事務所には、早くも灯りが戻っていた。 看板が<Devil May Cry>の文字をネオンの輝きで描く。その光を見るだけで、暗闇に潜む者たちは背を向けて立ち去った。 悪魔さえ泣き出す男の所在を、その輝きは示しているのだから。 「デビル……メイ……クライ」 光と静寂の満たす事務所の中で、男は佇んでいた。 ドアだけが新調され、荒れ果てた内部を一通り見回り、自らの目的が達せられないことを悟ると、彼はただ静かに座る者の居ないデスクを眺めている。 目を細め、耳を澄ませて、つい先日までここで生活していた者の残滓を手繰るように。 「――ダ、ダンテェッ!?」 唐突に、飛び込んできた騒音によって静寂は破られた。 不快感を欠片も表に出さず、ただ淡々と振り返った男が見た者は汗だくになって駆け込んで来たレナードの肥満体だった。 滅多にしない運動によるものだけではない汗も、そこには混じっている。 追い詰められた必死の表情が、事務所の中に居た男の姿を捉えた途端希望に輝いた。 「な、なんだよ……戻ってきてたのかよ、ダンテ!? 助かったぜ!」 「……」 縋り付くレナードを無感情に見下ろし、男は近づいてくる複数の人の気配を感じて視線を入り口に戻した。 粗野な性格をそのまま格好にも表した、明らかに堅気ではない男が数人乗り込んでくる。 いずれも良く言えば屈強、悪く言えばチンピラのような風情の者達ばかりであった。 「レナァァードォッ! 前金返すか、命で支払うか!? 選べって言ってんだろぉがっ!」 「ヒィッ、だからもう全部使っちまったって言っただろぉ!?」 「仕事も果たさねぇで、フザケタこと抜かしてんじゃねえ! テメェ、あのダンテに渡りを付けられるって売り文句はどうしたい!?」 リーダー格らしい男の怒声の中に含まれた言葉に対して、男はようやく反応らしい反応を見せた。 「……ダンテ」 呟き、鉄のように動かなかった表情が僅かに震える。 「あん? なんだぁ、このアンチャンは?」 「すっげ、シャレた格好してるなぁ。目立つ目立つ」 「お~、見ろよこの剣」 「ヘンな剣だな?」 「オレ、知ってるぜ! これ日本刀だろ?」 チンピラ達の顔に悪意と愉悦が滲み、はやし立てるように男を取り囲んだ。 男の整った顔立ちやスラムには見られない小奇麗な格好に対する暗い妬みと、ソレに対する暴力的な衝動が彼らを動かしていた。まるでそれが彼らという種の本能であるかのように。 しかし、周囲の有象無象に比べれば幾らか理性的なリーダー格の男は、値踏みするような視線を向けていた。 「……銀髪に奇妙な剣を持った男。オイ、アンタはまさか……」 「そ、そうだよ! このレナード様は請けた仕事はしっかり果たすぜ? こいつがダンテだ!」 男の背後で震えていたレナードは、ここぞとばかりに捲くし立てた。 管理局に向かったダンテが何故戻って来たのかは疑問だが、今はとにかく首の繋がった安堵感が勝っている。 先ほどまで殺気立っていたチンピラ達へ身代わりとなる生贄を捧げるように、レナードは男の背を押した。 「なるほど、アンタか。レナードの話じゃあ、しばらく依頼は受けないと言ったらしいな? だが、テメェの都合なんて関係ねぇ。いくら腕が立とうが所詮便利屋だ。オレ達のような組織の恩恵無しじゃ、ロクに生きていけねえことくらい分かるだろ? ん?」 「……」 脅すような視線と嫌らしい笑みを浮かべながら、自分こそ強者であると強調するように男の顔を覗きこむ。 しかし、そこに在ったのは全く変わらず貫き通された無表情だけであった。 「何、気取ってんだぁ!? 噂だけの優男がよぉ、こんなご大層なモンぶら下げやがって――」 目の前のリーダー格が理想としているらしい『静かなる威圧』が実効を示さず、怯えの欠片も見せない男の様子に業を煮やした仲間の一人がおもむろに手を伸ばした。 その手が、男の握る刀の柄に触れようとした瞬間――指が五本とも根元から落ちた。 「あれ?」 肉と骨が見える綺麗な五つの切断面を眺め、痛みよりもまず疑問を感じる。 その一言が彼の遺言だった。 斬り落とされた指と同じ末路を、彼の胴体と頭が辿った。 「え――」 仲間の体が一瞬で幾つものパーツに分かれ、床に転がる生々しい音と光景を現実として受け止め、男を囲っていたチンピラ達の何人かが間の抜けた声を出す。 「ひ――」 そして、それが悲鳴と怒号に変わる前に、全てが終わった。 今度は狙い済ましたように顔だけ。周囲のチンピラ達の首から上がスライサーに掛かったかのように輪切りにされ、驚くほど静かな出血と共に床に崩れ落ちた。 遅れて胴体の転がる音が響き、最後に小さくキンッという金属音が鳴る。 いつの間にか抜刀された、男の持つ刀が鍔を鳴らす音であった。 「……ひっ、ひぃぃぃぃッ!? ダンテェ、何やってんだよぉぉぉ!!?」 死体となった者達の代わりに背後で尻餅をついていたレナードが悲鳴を上げる。 ダンテ――そう呼ばれているはずの男は、その言葉に全く反応すら見せず、来た時と同じように淡々とした足取りで事務所のドアを潜った。 そして、チンピラ達の中で唯一生き残った――目の前の惨劇に、生きているという自身の幸運すら分からずただ呆然としていたリーダー格の男は、すぐ横を通り過ぎた<蒼い影>を見て我に返った。 「テ、テメェェーーーッ!!」 怒声というよりは悲鳴に近い叫び声を上げて、懐から取り出した武器を立ち去ろうとする男の背に向ける。 肩越しに振り返り、男はその武器の正体を把握した。 「魔導師か……」 震える腕で突きつけているのは片手杖型の汎用デバイスだった。 性能的には何の変哲もないが、正式な登録を抹消された違法品である。正確には元魔導師であり、今は犯罪者に身を落とした人間だった。 「そうだ! 言っとくがコイツの殺傷設定は……っ!」 言葉は、文字通り寸断された。 再びキンッという鍔鳴りが響く。誰も、男の抜刀の瞬間を見極めることなど出来なかった。 いつ抜かれたのかも分からない刀が鞘に戻った瞬間、超高速の太刀筋に時間が追いつく。 突きつけられたデバイスの先端に切れ込みが出来たかと思うと、そこから真っ直ぐな亀裂が走り、その先にある腕を伝って持ち主の体を真っ二つに斬り裂いた。 デバイスと人体を切断した斬撃はそのまま背後の事務所にまで到達してようやく止まる。入り口のドアが斬り崩され、その上にあるネオンの看板まで破壊した。 もはや人間技ではない。 全てを見ていたレナードは、言葉もなくただ恐怖に震え、漏らした小便で濡れた床にへたり込み続けるだけだった。 「あ、悪魔……っ」 奇しくも、ここを去るダンテに告げたものと同じ言葉が漏れる。 男は――少なくとも『ダンテと瓜二つの顔を持つ』蒼いコートの男は、惨劇の場と化した事務所からやはり淡々と歩き去って行った。 凄まじい斬撃によって半壊した<Devil May Cry>というネオンの看板が火花を散らして、まだ辛うじて瞬いている。 一部の光が消えたそこに残された文字は――<Devil>と、ただそれだけであった。 《――魔とは何か?》 誰が、何の為にかは分からない問いかけが何度も男の耳を打つ。 《鼠に鳥の気持ちが分かろうか? 人の子よ……貴様らは見上げる空を知るのみ。限られた幸運な存在……》 場所も時間も関係なく、ふと気付けば囁きかけてくるこの声は幻聴などではなく、あるいは男に残された人間としての部分の警告なのかもしれない。 《――無知とは祝福なり》 あるいは、その人間としての部分に気付いた悪魔達が呪いを掛けてでもいるのか。 だが、いずれも無意味なことだった。 男はもはや止まらない。 その淡々とした歩みのまま、暗闇を渡り歩き、人と悪魔の屍を残しながら、死の淵に向かって歩み寄っていく。 《この広大な世界。仰ぐしかない空の広さを知った瞬間……絶望のうちに貴様は死ぬだろう!》 「――空が青いことなど、世界を一周せずとも分かる」 そして地獄の底から響くようなその呪詛を男は――バージルは一刀の下に切り捨てた。 そっくりの顔。そっくりの力。 しかし、共に生まれた双子の歩む道は決定的に違えてしまった。 「いずれ成る。これが運命とでも言うならば……」 夜の静寂に包まれた街を、バージルは歩いていく。 おそらく同じようにここを歩いていただろう、自らの半身との再会を予感して。 「こういうのを、感動の再会と言うらしいな――ダンテ」 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《剣》マーシレス 絡み合う蛇の装飾が施された細身の剣。 細身といっても異常な長さの刀身との比較であって、標準的な両刃剣と同じくらいの幅である。 入手経路は不明だが、アリウスの私物としてオークションに出品されていた。 同時に出品された人形が事件の切欠となっている為、この剣も管理局に押収され、現在分析中である。 その実体は、機能や魔力の付加されていない一般的な刀剣でありながら、リベリオンと同じくダンテの魔力に耐え得る魔剣。 それ自体に力は無く、長い年月で魔への耐性を付けたようだが詳しい経歴はやはり不明。 細身な為リベリオンより軽く、長い刀身も合わせてスピードとリーチに優れた武器である。代わりに威力は僅かに劣る。 だが、今のところ実戦での使用は確認されていない。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3737.html
マクロスなのは 第29話『アイくん』←この前の話 『マクロスなのは』第30話「アースラ」 『誰かいませんか!?』 数台のエンジン音と共に、拡声器を介したティアナの声が耳に届く。 彼女の後ろにはEMPで立ち往生してしまった自動車を路肩に除けて、後方の輸送隊に道を作っていくバトロイド形態の消防隊所属VF-1C。 ここは先の防空戦闘によってめちゃくちゃになってしまった、三浦半島の南端に位置する町だ。 ―――――いや、だったと言った方が正確か。 ティアナの声に続いて上空からは消防隊のヘリとガウォークのVF-1Cの爆音が轟き、抱えていた水をぶちまけていく。救助活動が開始されてから今までの数時間に、数千トン以上の水を投下したと聞く。しかし完全に焼け石に水。周囲どこを見ても炎の壁が家だったものを包んでいた。 その中の一軒に大量の水が降り注ぎ、その延焼の度合いを弱める。そこでスバルは気づいた。 (あの家、ビーコンが発信されてない!) そこには救助隊が突入して、生存者の有無の確認を行ったというビーコンの発信がなかった。どうも周囲の火災の度合いが強すぎて、先遣の救助隊が近寄れなかったようだ。 『(ティアナ、ちょっとそこの家の中を確認してくる!)』 『(わかった。5分以内に戻ってきなさい。ここにそう長く留まれそうにないから)』 ヴァイスのバイクに跨りながら小回りを武器に、バルキリーを含む輸送隊の先の方で誘導するティアナは、少しだけ速度を緩めながら念話で返してきた。 『(了解!)』 輸送隊から離れたスバルは、その民家の玄関を拳撃で吹き飛ばし、内部に突入する。 周囲の温度は極めて高く、バリアジャケットなしではとても入れなかっただろう。そして同じように、この家の住人が簡単な魔導士であってくれたなら、対煙、対熱のシールドを張って未だに救助を待ってくれている可能性があるのだ。魔力反応はまったく感知できなかったが、あのEMP(電磁波ショック)の後では機器は信用できない。 もっとも、だれもいないことに越したことはないのだが――――― 「誰かいませんかぁ!?」 返事はない。 それに肉が焦げるような嫌な臭いが鼻につく。 (でも!!) 踏み抜きそうな脆くなったフローリングの廊下をさらに奥へ。 倒れた家具が道を塞ぐ。・・・・・・家具?いや、家の支柱だ。どうやらそれを隠していた壁は崩れたか、燃え尽きたかしたようだ。 本来壁だったのだろうその場所を、さらに奥に進んだ彼女が見たのは、1人の焼死体だった。全身炭化し、もはや性別もわからないその遺体に思わず歯がみする。 しかしその時、パチパチと家が焼ける音以外の〝声〟がした。その声は幼いを通り越して赤ん坊の声だった。それはどうやら遺体近くの金庫から出ているようだ。ドアの前には入っていたのだろう貴金属の姿。代わりに中に何か入っているのは明白だ。しかし開けるためのダイヤルの数字など知ったものでない。 (壊すか・・・・・・でももし中身が生き物なら、衝撃が危険すぎる) 加えて、天井から聞こえる建材が折れる音はまだ断続的なものだが、だんだんとその間隔は連続的なものになってきている。この家がその重量に耐えられない時が来ようとしているのだ。 猶予はない。ダメもとでノブに触れる。 「熱っち!」 素肌の部分が焼けるような痛みを訴えるが、この皮膚は人間のような脆弱なタンパク質ではない。戦闘機人の強靭な人工皮膚なのだ。 熱さに耐えてノブを捻ると、その強力な筋力を―――――使うまでもなかったようだ。それは何の抵抗もなくするりと開き、同時に泣き声のボリュームが上がる。 「よ~しよしよし・・・・・・」 スバルは水でぐっしょり濡れたタオルに包まれたその子を抱き上げると、対熱シールドで包み、自分のバリアジャケットの生命維持システムに組み込んだ。 「もう、持たないか!」 崩壊の音はすでに爆音に近い轟音を放っている。これに崩れられたらさすがに助からない。かといって来た道を戻って脱出するには遅すぎる。 こんな時どうするか? スバルは1つしか回答を持ち合わせていなかった。 「最短を一直線に、抜く!」 右腕のリボルバーナックルのカートリッジが数発ロードされ、そのフライホイールが高速回転する。 「ディバイィン、バスタァー!」 よく制御された魔力砲撃は六課に入る前のそれとは違い、ムラなく直線的に進路上のものを吹き飛ばした。 元から崩れそうなものをさらに壊したのだ。モタモタできない。砲撃を放った次の瞬間にはウィングロードを展開し、自ら切り開いた道を進む。その間も雪崩の如く建材が頭上に降り注ぎ、その進路を妨害する。 それらを撥ね退け、すすむ! ――――― ススム! ――――― 進む! しかし、あと5メートルというところで再びその道は瓦礫によって埋め戻されてしまった。 (畜生!) この崩壊の度合いでは退ける暇も、砲撃をする暇もない! やはり軽率だったと思わずにはいられない。一人ならともかく、救助した者の命も預かっているこの身なのだ。 あの時砲撃で壊さず、来た道を戻っていればあるいは――――― 後悔の念に押しつぶされそうになったその時、行く手の道に巨大な〝手〟が差し込まれた。そしてその一掻きは瞬時に脱出ルートから障害物を消し去ってくれた。 「脱出!」 煙と粉塵を払いのけて屋外へ。そのままウィングロードは上空まで伸びていく。 助けてくれたバルキリーは消防隊のVF-1Cではなく、フロンティア基地のVF-11のようだ。バトロイドの機首には獰猛なサソリを思わせるノーズアートが見えた。 すれ違いざまコックピットのパイロットに片腕を上げて礼を言う。 ここまで来ると助かったと油断するのが人の性。だがまだ終わってない。 「か、瓦!?」 向き直った目前には降り注ぐ無数の瓦。一時期ブームになった建材だが、今は勘弁してくれ。それにその後ろには倒れ掛かってくる家本体。 バトロイドの人はコックピットでコンソールを叩いている。どうも武装が動かずに悪態をついているようだ。 反射で頭と、抱いている形で確保されている赤ん坊をそれぞれ両腕で庇う。そして魔力障壁を展開。PPBSを最大出力! 数十を超える無駄に重い瓦で叩かれ、息つく暇もなく、倒れ掛かってくる家の屋根という物理的な圧迫力を前に、どこまで耐えられるか自信はない。しかし、それが己にできる精いっぱいの対策だった。 (どうかこの子だけでも!) ・・・・・・衝撃! 自身の上昇速度と、瓦の自由落下とで弾丸並みに重い衝撃が魔力障壁に降りかかり、フィードバックが体力と魔力を、そしてカートリッジを削っていく。しかし屋根はこんなものではないはずだ。瓦が割れていく轟音の中、覚悟を決める。 (あと屋根1つくらい・・・・・・このまま押し返す!) 根拠ゼロの覚悟の中、目標である屋根を見据えようと頭上に振り返ると一転 「あれ?」 そこには瓦とともに倒れてくる屋根など存在せず、大きく抉られた屋根だけが存在していた。 (あの抉り方は砲撃・・・・・・?) 角度から砲撃ポイントと思しき公道付近を見ようとすると――――― 『(スバル遅い!もう10分以上経ってるわよ!)』 バイクのアイドリング音と共に付近の公道から放たれた相棒の念話は、スバルに今度こそ、助かったのだという事を実感させた。 (*) 「まったく、フロンティア基地の人に気づいてもらえなかったら、どうする気だったのよ!」 「いやはや、面目ない」 2人乗りするバイクの前部で運転する、相棒の叱責すら心地よい。 あのフロンティア基地航空隊の人は防空戦からそのまま救助活動に参加していたそうで、今回は魔力砲撃の魔力を探知して、単体だった事から応援に来てくれたそうだった。 消防隊は魔力を探知する事はともかく、どのような魔法なのか、場所及び個数など、そんな分解能のいい装置なんて持ってない。そのためまさに幸運と呼ぶにふさわしい生還劇だったようだった。 「・・・・・・もっとも、スバルが1人で行くなんて言い出した時に、念話で周囲に展開してた部隊へちょっと口添えはしといたけどね」 前言撤回。 幸運なんかじゃない!やっぱりこの相棒は最高だ! 「やっぱりティアは凄い!大好き~!」 「こ、こら!いくら私でも事故る!お腹を必要以上に押さえるのはやめなさい!私達2人だけじゃないのよ!」 「そ、そうだね」 今背中には、あの火事場から救出した小さな命がある。この命を救えたことこそ、自分達がここに来た甲斐があったというものだった。 「・・・・・・それにしてもアルト先輩大丈夫かな?」 「そうねぇ。ライアンさんも他の同僚の人から撃墜されたとしか聞いてなかったみたいだし・・・・・・やっぱり通信網が回復しないとなんとも言えないわね」 「・・・・・・うん。でも今回の攻撃、何かおかしい。通信が遠隔地のどこにも繋がらないなんて・・・・・・」 今回の通信途絶問題、EMPによる通信機器破壊だけがその原因とは考えられなかった。事実、EMP範囲外で故障していないはずの自分達の機器も、1キロを超える電磁波無線通信を完全に断たれていた。 ミッドチルダ全域に有線網を持つMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)による調査では、自分達が知る限りでもこの現象は関東全域に及んでいるらしく、未確認だがそれ以上の範囲に及んでいる可能性があるそうだった。 おかげで現状使えるのは念話、半径1キロ未満の電磁波通信、あまり広まっていないためほぼ管理局のJTIDS(戦術統合分配システム)に限定されるフォールド通信。そしてMTTの有線通信網だけという、新暦100年とは何だったのかと突っ込みたくなるようなお粗末なことになっていた。 それに問題は通信だけではない。 「追いついたわね」 先ほど誘導していた輸送隊のトラックが見えてくる。大部分がコンテナ設備を積んだ大型トラックだ。 後方の中型トラックには道すがら回収した避難民が乗りこんでいるが、それはバスのようなものではなく、〝ディーゼル駆動〟の中型コンテナトラックだ。別にバスなどの車が徴用できなかったわけではない。 先のEMP攻撃は、この町を含めた半径10キロメートルにわたって軍用でないすべての電子機器を破壊しつくした。しかし、被害はそれにとどまらない。通常EMPはマイクロ秒単位で発生して瞬時に消えてしまうが、今回はそれの後、継続して被害を与えていた。先ほどの電磁波による通信と、次世代型大出力大容量バッテリーだ。 このバッテリーは従来の物と違って化学反応を用いないことで、一つで最大数百ボルトの電圧を得たり、充電することができる。 最近では原料から、どこかの世界の呼び方を踏襲して「フォールドカーボンバッテリー」と呼ぶそうだが、このバッテリーはクラナガンではシェア70%に及ぶ電気自動車に搭載されてる。具体的には民衆車、バス、通常2輪などの馬力を要求されない車だ。 ここで本題だが、今回、このフォールドカーボンバッテリーがこのEMP範囲内に入ると、たった数分で使い物にならなくなる現象が起こっていた。 おかげで災害出動した陸士部隊の輸送隊は軒並み立往生を喰らい、代わりに水素・石油など化石燃料車に依存する民間輸送業者が各地からかき集められていた。そのため目前を列を組んで走るトラックには「クール特急便」やらド派手な電飾を施した族仕様のトラックなど、シュールな光景が広がっている。自分達が乗るこのロータリーエンジン式バイクも現在水素で稼働しており、ヴァイスの趣味が功を奏した結果となっていた。 「前の方が騒がしいわね・・・・・・」 ティアナが言う通り輸送隊の前の方で人と救助ヘリの行き来が激しく起こっている。どうやら目的地だった小学校に到着し、先遣隊との合流を果たしたらしかった。 先遣隊は消防隊の大部分のVF-1Cとともに本職の消防救助隊が初動で動いたもので、本格的な病院設備は自分達がこのトラック達のコンテナ設備として持ってきた。 「先遣隊には転送でシャマル先生達も先に来ているはずだし、行ってみましょう!」 「うん。この子も預けなきゃいけないし!」 「そうと決まれば!」 アクセルを吹かして小学校への道をひた走る。そこに地獄が待っているとも知らずに――――― (*) 5時間後 三浦半島緊急避難指定小学校 楽しい休日になるはずだったこの日は、スバルにとって忘れられない地獄となった。 最初に言おう。はっきり言って自分の無力さを痛感させられた。 意気揚々と小学校に踏み入れてみれば、当然だが校舎が野戦病院と化していた。普段子供たちが学友達とともに学ぶ教室は集中治療室になり、「ろうかは走らない!」と書かれた廊下は、患者達の病室と避難民の収容設備となった。そして体育館は遺体安置所としてその機能を果たしていた。 空調がEMPでやられていたため形容しがたい悪臭がそこかしこから漂い、阿鼻叫喚の悲鳴がどこからともなく聞こえた。それでも合流したシャマルさん曰く、自分達が麻酔を始めとする様々な医療物資を補給して、改善された結果だというから二の句がつげない。 私達が来る前は一体どうだったというのか・・・・・・ 自分はその身体能力を買われて救助隊の手伝いをしたが、その仕事はなのはさんがデパートでの火災の時、自分を助けてくれたように、劇的で感動を呼ぶような憧れていた物では到底なく、ひたすら、ただひたすらに泥臭い仕事だった。名目こそ生存者の捜索と救助だが、実質遺体の捜索と鎮火への協力だった。 時間が経ち過ぎている。 それは痛いほどわかってる。だが、もっと他に、何か、こうならない方法がなかったものなのか? そう自問せずにはいられない。 『ガジェットは用がなければ家の中まで入ってくる可能性は極めて低いので、家の中で待機するようお願いします』 これは管理局が民間人に向けて行った行動指針だ。まぁ、その理屈はわかる。事実最前線で戦ってガジェットが理由なく故意に民間人の家を襲撃したりしたことはない。 今日自分達が少女を助けるために陸戦型ガジェットと召還魔導士と交戦したのは、ここから十数キロの地点。 次善の策として民間人が家の中に閉じこもるだろうこともわかる。 だが、その結果がこれだ。 防空ラインが少しずつ後退して、ついにはこの上空が戦闘空域となり、ガジェットとゴースト、バルキリーの墜落で発生した火災は、当たり前だが局所集中していないため鎮火には膨大な人手を要した。職務を離れる前に見た集計表によれば、他の避難所も足すと死者200人超、重軽傷者6000人弱、焼け出された避難民は約10万人らしい。 それにEMPによって通信網がマヒしていることが悔やまれる。あれがなければ発覚が速まって初動から大規模転送で救助隊を緊急投入できたはずだし、火災で有線通信網がズタズタになったここでも、リアルタイムで情報を共有することができたはずだ。バッテリーにしても陸士部隊などの災害出動した部隊が立ち往生せずに来てくれたらなど、ifは尽きない。 頭がこんがらがり、フラッシュバックする救助活動時の凄惨な現場のイメージを頭を振って振り払う。しかし簡単には離れてはくれない。助け出した人は十人以上。だけど――――― 「結局、命まで助けられたのは最初の1人だけだったな~」 思い出すは金庫に入っていた赤ん坊のこと。 今思えば金庫の前にあったあの焼死体は、あの子の母親だったのだろう。おそらく火災にまかれて進退極まった彼女は、子供だけでも助けようと思い、あの中に入れたに違いない。 赤ん坊が酸欠にならなかったのは奇跡に近いが、状況が状況だけに最善の策だっただろう。 救えたのはたったの1人だったけど、その存在はスバルにとって大きな救いとなった。 「なのはさんも、こんなこと思ったのかな・・・・・・?」 以前自分が被災した火災について調べたことがある。確か店側の避難指示が功を奏して死者はなく、避難時の混乱で骨折などのケガ人を数十人出す程度だったと記憶している。だが彼女のキャリアの中には、他の次元世界での時空震に対する災害派遣など、今回の都市災害を凌駕するような経歴が存在する。自分と同じとは言わないまでも、同じような経験をしているのは間違いなさそうだった。 「それでもなのはさんは、あんなに笑顔でいられるんだ・・・・・・やっぱり敵わないよ・・・・・・」 思わずため息が口をついて出る。 自らが憧れる人物の器の大きさに改めて感嘆し、自らが志望していたレスキューという仕事をこの心境で改めて六課を卒業した時、志望できるか不安になった。それどころかこの管理局という仕事に関しても、だ。 そう考えると意図せず頭が真っ白になり、その視線が外に向く。 小学校の屋上というロケーションは、残暑の暑さを感じさせぬ涼しげな風で額をなで、意識をその視界に集中させる。周囲は未だ所々で火災の跡がまだくすぶっており、先ほど交代した陸士部隊と、消防団のVF-1C。4時間前にやってきたフロンティア基地航空隊のバルキリー隊が生存者の救助、もしくは焼失・倒壊した民家からヒトを探していた。 ここから見るとバトロイド形態のバルキリーしかその姿を確認できず、暗い中をサーチライトで照らしながら作業する姿は孤独に思えた。 そこで、背後の扉を開く音に振り返る。 「ティア・・・・・・」 この最高の相棒は、今は珍しい化石燃料式バイクという小回りのきく乗り物を持ちこんでいたことから、伝令を行わされ、それぞれの避難所と救助活動の最前線、そして管理局地上本部のあるクラナガンとを繋いでいた。 「伝令はもういいの?」 「うん。治安隊の白バイと交代してきた。でもバイクは傷だらけにしちゃったし、燃料はすっからかん。ヴァイス先輩怒るだろうな~」 そう笑いながら隣に座る。 「・・・・・・それでさ、あんた、なんでこんなとこにいるの?何とかと煙は~って―――――!」 〝煙〟と聞いた瞬間、こちらの表情が曇るのがわかったのだろう。冗談は通じないと努めて明るく接してくれていた相棒はその表情を深刻にして、正面から両肩を掴む。 「ねぇスバル?まさかとは思うけど、バカな真似は―――――」 「大丈夫だよ。なのはさんが、ティアが、みんなが生かしてくれた命なんだ。粗末になんかできないよ。でもね・・・・・・でも、これからどうしたらいいのかわからないんだ。ねぇ・・・・・・わたし、何になりたかったんだっけ?」 「そんなの、私にはわかんないわよ」 「・・・・・・え?」 「私が知ってるのは人を助けよう、守ろうって努力するあなたの後ろ姿だけ。そりゃ今まで一緒にいてレスキューに携わりたいとか、なのはさんみたいになりたいとか、いろいろ聞いたわよ。でもね、それって私がちっちゃい時に『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたのと大して変わらないのよ。何になるのか、そういうことを考えるために、憧れのなのはさんがいる六課という研修所を選んだ。違う?」 「そう・・・・・・なのかな?」 「うん!まだ私達は何にでもなれるんだから!」 「そうだね・・・・・・これから、考えていけばいいんだ」 そう考えると、少し心が軽くなった気がした。 「・・・・・・そう言えばティアって昔の夢、お嫁さんだったの?」 「う、うっさいわね!そうよ!悪い!?」 「ううん。全然」 やってしまったという顔になって頬を赤らめるティアの姿に、いつの間にか笑顔にさせられていた。 救助活動を終えてからようやく笑えた気がする。本当にありがとう、ティア。 (*) 「そう言えばね、伝令やっている間に分かったことなんだけど、アルト先輩、やっぱり見つからなかったんですって」 あれからすぐ打ち明けられた真実に、スバルは思ったより冷静でいられた。 「そっか・・・・・・結局、あの時の恩返しできなくなっちゃったか」 「―――――意外ね、あんまり驚かないの?あんな殺しても死にそうになかった人なのに」 「まぁね。今回痛いぐらいわかったけど、人間って簡単に死んじゃうんだよ。「奇跡の生還」なんてのはアニメやドラマみたいなもんだけ。大抵はよほど準備してた結果であって、奇跡なんかじゃないよ」 「なんだ、醒めてんのね。弄りようがない」 ティアの肩をすくめる様子に一気に頭が過熱する。 (まさか死んだアルト先輩をダシにしようと?いくらなんでもそれは!!) 「ティア、いくらなんでもそれは酷いと思う。アルト先輩はそんな悪い人じゃなかったし、私達、何度も助けてもらって―――――」 言い終わらないうちにティアの右手が優しく左頬に添えられる。しかし肌に感じたのは相棒のぬくもりではなく、冷たい金属的な何か。 「ごめんなさい。そういう意味で言った訳じゃないの」 気付いてみればティアの顔には、自分に付けたのと同じであろう耳に掛ける方式のインカムがあった。 「ティア、これ・・・・・・?」 「JTIDSの端末機よ。陸士部隊の備品から貰ってきたの。これがないと、電磁波通信できない今の状態じゃ私達の座標を掴めないからね」 「??・・・・・・それって?」 どうも状況を上手く理解できない自分がもどかしい。頭を冷やさないと・・・・・・ 「まぁ、ちょっと待ってなさい。―――――はい、私です。―――――はい、もう見つけました。JTIDSの端末をつけさせたので、座標はえっと・・・・・・JMG00658の端末で固定してください。―――――はい、それでは転送2名、お願いします」 そうしてティアは、私の耳に掛けたインカムの番号を再確認しながらインカムの通話ボタンから手を離すと、面白そうに言う。 「スバル、じっとしてなさいよ。じゃないと〝何か置いてきちゃう〟かもしれないから」 「へ?」 (ただの転送魔法にどんな危険があるの?) 回転が遅い頭で疑問に思ったが、すぐに理由を知ることとなった。 突然体を包むように展開される円筒状のシールド。それに反応する間もなく、自らの体が青い粒子となって分解していく。 (え、えぇ!?) もはや喋る口もない。数瞬後には視界と意識は閉ざされていた。 (*) スバルとティアナ〝だった〟光の粒子達はシールドの内部で徐々に不可視の波へと変換され、シールド展開から1.5秒後、この世界から消滅した。 2人がいた場所は何事もなかったかのように、静けさに包まれていた。 (*) あれからどれぐらい時がたったのだろう? スバルは気づくと、光の粒子になった体は再生され、しっかり光るパネルの上に立っていた。 (パネルの上!?) 周りを見回す。そこは辺りが見渡せる開放的な小学校の屋上ではなく、無骨な隔壁が覆う、少なくとも室内だった。 「どうやらちゃんと揃ってるみたいね」 ティアナが後ろから肩を叩いて言う。 「え、ティア、これは─────」 「見ての通り〝転送機〟よ」 狼狽する自分を見て面白がるティアナは、足元の床と天井に付く丸い小さなパネルを指差して言った。 ただの転送魔法ならスバルはこれほど狼狽しなかっただろう。転送魔法は科学的には空間歪曲による〝空間の置き換え〟がその原理であり、最初から最後まで意識と実体を保ったまま転送座標の空間と自分の空間が置き換えられる。そのためほとんど自覚することなく転送は終始する。 エレベーターを想像してもらえばわかりやすいだろう。我々は階数を映すディスプレイと重力加速度の変化によって移動を自覚するが、それらが全くない場合、完全に自覚することなく移動を果たすだろう。つまり、エレベーターの高さ(Z軸)移動だけでなく、平面(X,Y軸)移動を可能にしたものが転送魔法だ。 しかしこの「転送機」は第6管理外世界が発案、製作したものだ。彼らは魔法が使えないため、まったく別の方法を編み出した。それにはフォールド技術である次元航行技術が用いられた。 転送シークエンスとしてまず、気流による物質欠損をなくすため円筒状の気密シールドを展開。次に分子レベルにまで転送物を分解する。そして構成情報をフォールド波に変換し、それを再物質化点に送る。再物質化時にはフォールド波の次元干渉する特性を使って、無から元素を生み出し再構成するという方法を採っている。 つまり転送魔法のように実体が行き来するのではなく、構成情報が行き来するためエネルギー量は圧倒的に少なくてすむ。 これは当に革新的な技術であった。 この技術があったからこそ第6管理外世界の住民、ブリリアントは恒星間戦争を有利に戦えたと言えよう。 しかし管理局では特定の次元航行船しか採用していない。なぜなら魔法が使える彼らには、どこでもある程度手軽に使える転送魔法の方が使い勝手がよかったためだ。 この転送機の真価は3つ。1つは情報の行き来のため転送可能距離が次元空間を介してさえ数千キロ単位であること、2つ目は魔法でないためAMF下にも対応できること、そして最後に、最大一括転送可能人数が20人を誇るため、部隊の高速展開ができることと言えよう。 「それで、ここはどこなの?」 その質問に答えたのはティアではなかった。 「L級巡察艦の56番艦、『アースラ』や」 「や、八神部隊長!?」 部屋の外から突然現れた上官に、ティアとともにあわてて敬礼した。 「うん、なおれ」 はやての許可に腕を降ろした。するとティアは物珍しそうに周りを見渡す。 「しかしL級巡察艦なんてまだ運用されていたんですね」 自分が知る限り、L級巡察艦は40年以上前に設計された次元航行船だ。 当時警察としての側面が強かった次元パトロール部隊(時空管理局・本局の前身)は、乗員が20人程のパトロール挺しか配備していなかった。しかしロストロギアを狙う次元海賊の勢力は強大になっていき、人数も艦自体に武装がない事も問題になってきた。 そんな背景から作られたL級巡察艦は、150メートルを越える当時としては大船だった。この艦は初めて常時2個小隊(50人)の武装隊と乗員を1年間無補給で養える空間が設けられており、当時輸送船に任していた武装隊の輸送と展開を円滑に行えるようになった。 そのため当時初めて採用された転送機と相俟って〝事実上の強襲揚陸艦〟と呼ばれ、海賊達の恐怖を誘った。 またこの艦には様々な魔導兵器が搭載されている。特に有名なのは『アルカンシェル』と呼ばれる魔導砲だ。この殲滅兵器は現在も管理局で最も高い威力を誇り、最新鋭のXV級戦艦でもこの砲は踏襲されている。 また、このL級巡察艦は全部で56隻が造られたが、ロストロギアに侵食・汚染されて自沈処理された1隻以外は対外攻撃によって撃沈された事はなく、生存性の高さは折り紙付きだった。 確か20年前より老朽化から、順次退役していったはずだった。 「違うんよ。本当ならアースラは、1カ月前に廃艦になる予定だったんや」 「じゃあどうして?」 この問いにはやては微笑むと、 「その辺の事は食堂に行ってから話そうか」 と告げ、廊下を歩いていった。 (*) はやてに連れられ来た食堂は、艦内とは思えぬほど広い空間に作られていた。 すでに席には、どんな理由か知らないが、今回の救助活動に前半しか参加していなかったなのはを初めとする隊長、副隊長陣にヴァイスや〝ふくれている〟ランカ、そして〝早乙女アルト〟がいた。 「アルト先輩!?」 「・・・・・・いよぅ」 どうやらすでに、ここにいる者の誰かから〝手厚い歓迎〟を受けたらしい。彼の左頬には真っ赤になった平手打ちの後があった。 「大丈夫ですか?」 「ああ、撃墜寸前にはやてに転送されたんだ。それで『死後の世界って案外に俗っぽい所だったんだ』って無駄に感心したりして─────」 「いえいえ、そうじゃなくて、〝ここ〟の事です。」 自分の左頬を指差す。 アルトは左頬を抑えて押し黙ると、ふくれている緑の髪した少女を見る。しかし彼女は 「アルトくんなんか、大っキライ!」 とそっぽを向いてしまった。 (*) 幾何学模様に変化する空。 次元空間内に設けられた巨大な空間には、中規模の次元航行船用停泊ドックが浮いていた。 以前は本局の前身である次元パトロール部隊が母港としていたが、組織の格上げと船体の大型化に伴い、20年前から管理局は使っていなかった。 今では第1管理世界に2番目に近い大型次元航行船の受け入れ港(1番目はミッドチルダ国際空港)のため民間船の多く停泊するこの港には、久しぶりに管理局の艦船が入って来ていた。 胴体に2本の腕を着けたような意匠のこの艦は、20年前まで造船されていたL級巡察艦という型だ。1番艦からの運用期間が40年以上という非常に息の長いこの型は、ここにある改修用ドックで運用できる170メートルにギリギリ収まっており、往年は軽快艦として活躍した。 そして今、このドックに停泊しているのは、この型の最後の船、56番艦『アースラ』だった。 (*) 「・・・・・・それで、なんでここに集めたんだ?」 アルトが少し不機嫌に、はやてに問う。 スバル達が来てからも、まだフロンティア基地航空隊のヴィラン二佐やミシェルなどの上級士官が、このアースラの食堂に集められていた。 アルトとしては戦死騒ぎで、来る人来る人の悪い意味での〝手厚い歓迎〟に辟易していた。 「うん、まずはレジアス中将の話を聞いてくれるか?」 はやてはそう告げると席に着いた。 レジアスは食堂に併設されている小さな舞台に上がるとスピーチを始める。 「あー、諸君。こんな大変な時になぜ突然、こんな所に呼び出されたか疑問に思っていると思う。だがそれだけ重要なことであると考えてくれ」 レジアスは公聴者達を見渡すと続ける。 「知っての通り、我が地上部隊はミッドチルダを守護するために設立された組織だ。しかし最近の情勢は良くなく、六課と、フロンティア基地航空隊のおかげで地上の治安は維持されている。だが諸君、あと〝たった半年〟で双璧の1つである六課は解体されてしまうのだ!残念ながら地上部隊には、今まで通り、現在の戦力をクラナガンに〝釘付け〟にし、維持させることはできない」 現在六課戦力はクラナガンに釘付けになっているが、他の方面部隊も強力な戦力である彼女らを必要としており、一点集中には限界であった。 「そこで、我々地上部隊は半年後をめどに、地上部隊の保有する六課戦力を合わせ、〝本艦〟をベースに特別部隊を編成する!」 レジアスの宣言に動揺が走る。これまで地上部隊は艦艇を採用したことはなかった。しかし問題はそれだけにとどまらない。六課と合わせる特別戦力。ここにフロンティア航空基地の面々がそろっているといことは───── 「特別戦力にはバルキリー隊を使う。そのためアースラは今から1カ月の改修をもって、バルキリー隊の〝移動航空母艦〟として運用する!」 ─────もはや誰も止められないところまで事態は進行していた。 (*) 「しかし、よくこんなお誂え向きの船を見つけられたな・・・・・・」 アルトの呟きに、隣りに座るランカが耳打ちする。 「この船はね、出張中私の艦隊の旗艦だったの」 かいつまむとこういうことらしい。 第6管理外世界へのランカの貸し出しを決定した本局は、ランカ座乗艦はいざ危険になった時に、安全に戦線離脱できる次元航行船がよいと考えた。しかし大型フォールドスピーカーやフォールドアンプ、ステージの設置などを行うサウンド仕様への新鋭艦の改装は元に戻す時に困難を極めるため、解体寸前のこの艦に白羽の矢がたったのだ。 そうして何事もなく戦争が終結し、最後にランカをミッドチルダまで輸送する任務を達成した後、このドックで解体される予定だった。しかしレジアスがランカを招待した会食の折りに、彼女が 「古くなったからって、解体されてしまうのはやっぱり寂しいですね。機関長さんが『まだ十分動けるんだ!』って座り込みをやってました」 という話題を提供したという。するとレジアスは食い付き、本局からアースラに残りたいという乗員込みで破格の値段で買い落とし、今に至るという。 (なんて大胆な男なんだ・・・・・・) アルトはある意味感心した。 彼が視線を舞台に戻すと、今度は技術士官が改装の概要を説明しているところだった。 「─────アースラにはディストーション・シールド(次元歪曲場)、サウンドシステム、航法システムなどがすでに完備されており、この辺りの改装は行いません。主な改装部はバルキリー用の格納庫の増設で、現在10~14機程度の運用を想定しています。また既存の対空魔力レーザーCIWSに加え、自己完結のブロック型ミサイルランチャーを─────」 そんな中、ミシェルが話しかけてきた。 「おまえ、これからどうする?俺としてはおまえには3期生の教導に回ってほしいと思ってる。そうすりゃあのヒヨコどもでも2~3週間ぐらいで─────」 ミシェルはそこまで言ってアルトの放った鋭い眼光に、言葉を発せなくなった。 「・・・いや、ミシェル。俺は前線を退くつもりはない。確か格納庫には予備の〝ワルQ(きゅー)〟(この世界でのVF-1の愛称)があったはずだ。あれを貰う」 アルトの視線が、隣に座る少女に注がれる。 彼女は壇上で、復活に涙するアースラ機関長の話に夢中らしい。まったく気づかない。 「俺はコイツを─────ランカを守ってやらなきゃいけないんだ。今日の事でよくわかった。俺はできる範囲でもいいからコイツを他人任せにしたくない。この手で守ってやりたいんだ。も─────」 〝もちろん、なのはやさくら達だって同じだ。〟と言おうとしたアルトだが、ミシェルの手が肩に置かれ、言えなかった。ミシェルはかつてないほどの笑顔を作る。 「そうか、やっとお前も〝心を決めた〟ようだな。あのプレイボーイが、うん、うん」 なんだかわからないが、ミシェルはしきり感心する。アルトにとっては、ただ自らの手で大切な人〝達 〟を守る事を、新ためて決意しただけなのに。しかしミシェルは、両方が勘違いしていることに気づかないうちに話を続けた。 「よし、お前の一世一代の決断に俺は乗ったぞ。今日、基地に帰ったらすぐ、技研の田所所長に連絡を入れろ。『例の計画の件で、ミシェルから推薦されました』って」 「そうするとどうなるんだ?」 「まぁ、見てからのお楽しみだ。とりあえず、(ランカちゃんを)しっかり守ってやれよ」 「なに言ってるんだ。当たり前だろ。(みんなを守っていくなんて)」 色恋に関して天然バカの早乙女アルトと、勘違いしてしまったミシェル。まったくもってお似合いの相棒だった。 (*) その後、今後の計画についていろいろと話し合われ、地上時間2200時をもって終了。 各自部隊へと帰還していった。 (*) 2314時 聖王教会中央病院 そこにはなのはとランカの姿があった。 2人の目的の1つは突然幼生化したアイくんの精密検査。そしてもう1つは保護された少女に関するものだった。 この時間の病院は消灯後であり、通常静かなもののはずだ。しかし三浦半島の市街地で出た重篤患者がここに集められて治療が行われていたため、今も忙しく人が行き交っていた。 「こんなに怪我人が出たんだ・・・・・・」 ランカは病院のロビーで全身に包帯を巻かれた人や、虚ろな目でベンチに寝かされながら点滴を打たれている人、etc、etc・・・・・・を見て呟く。 皆顔は暗く、項垂れていた。 「ランカちゃんがいなかったらもっと被害が出てた。だからランカちゃんのせいじゃないよ」 だがなのはのフォローもあまり効果ない。 確かにアルトが生きていたことは言葉に表せないほど嬉しかった。しかし今回の事件で200人以上の死者が出たことには変わりなかった。 ランカは俯こうとして自らの抱く緑の物体と目が合った。 それは愛らしく 「キュー?」 と鳴く。 「アイくん、励ましてくれるの?」 「キューッ」 アイくんは喜色をあらわに、肩に飛び乗ると、頬をすりつけた。 「にゃはは、かわいいね」 なのははアイくんだけではない。そんな緑色の1人と1匹を見てそう言った。 (*) アイくんは精密検査では異常は何も発見されず、ランカの持つバジュラの幼生に関する科学的データと比べても同じだった。唯一わかっているのは、縮んだのは元素分解による質量欠損であること。これは体表面にエネルギー転換装甲を物質操作魔法した時と同様の特殊な反応があったためだ。しかし『魔法を介さない元素操作は不可能』なはずだが、ランカには物質操作魔法の素養もなく、デバイスもシャーリーによると対応していないそうだった。 謎を呼ぶアイくんだが、〝動く生物(質量)兵器〟が無害化したのと同意のため、周囲は無条件で受け入れていた。 (*) 清潔な白一色の部屋。 俗に病室と呼ばれるその場所は、通常ベッド数が4の広い病室だったが、今ベッドは中央に1つしかなかった。 そしてそのベッドにも、不釣り合いなほど小さな女の子が1人、眠っているだけだった。 その部屋の唯一の扉が開かれ、2人の人影が部屋に入る。しかしそれでも少女は目を覚ます様子はなかった。 「・・・この子がそう?」 ランカはなのはの問いに頷くと、アイくんを伴って少女をのぞき込む。 医師によれば衰弱の度合いは低く、今日、明日にでも意識を回復するという。 まだ精密検査は行われていないが、この子が通常とは違う人の手によって作られたという可能性が第108陸士部隊のギンガ・ナカジマ陸曹からもたらされていた。現場から1キロ離れていないところで輸送業者の事故があり、そこで密輸されていた生体ポットの主が、あの少女だと言うのだ。 ギンガはベルカのボストンで唯一生体ポットと関係のある「メディカル・プライム」が〝何らかの事情〟を知っていると見て調査しようとしたが、それはなのはによって止められていた。なのはにはメディカル・プライムとの独自のパイプがあり、「公式の調査で相手を硬化させるより、そこから聞いたほうがよい」との判断であった。 まだ向こうとは通信していないが、なのは自身は〝恩人〟であるあの企業を疑いたくなく、少女が人造であるとはっきりするまでは聞かないつもりだった。 閑話休題。 アイくんは寝ている少女が心配なのか「キューッ」と鳴きながら張りついた。 そんなアイくんのぬくもりを感じたのだろうか?少女が口を開いた。 「ママ・・・」 だが意識が戻ったわけではなく、目を閉じたまま手が宙をさまよっている。なのははそんな少女の手を握り、 「大丈夫、ここにいるよ」 と呼び掛ける。 すると少女の腕の力は抜け、また眠りの底に沈んでいった。しかしその少女の顔は、なのは達が入ってくる前よりいくぶんか微笑んで見えた。 ―――――――――― 次回予告 VF-25という翼を失ったアルト しかしそれは新たに手にする力への序章に過ぎなかった! 次回マクロスなのは第31話「聖剣」 その翼、約束された勝利の剣につき――――― ―――――――――― シレンヤ氏 31話
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1187.html
燃えている。 それまでそこにあった光景が、全て紅蓮に染まる世界。 はるか太古より火は偉大な力の一つであり、人はその力に支えられて生きてきた。しかし、力は時として恐れを抱かせる―――。 ミッド臨海空港を襲った大規模な火災。多くの人々の行き交う場所を襲った最悪の出来事。 燃え盛る獄炎の中、次々と救助を成功させていくレスキュー隊の獅子奮迅の活躍を嘲笑うかの如く、それまでの奇跡のツケを払うように一人の少女の命が呑まれようとしていた。 「おとうさん……おねえちゃん……」 真紅に染まった空港内のエントランスを、スバルはひとりぼっちで彷徨っていた。 弱弱しい少女の助けを呼ぶ声は、燃え盛る炎の唸りにかき消されていく。 無力な少女を弄ぶように、崩壊した建物の爆風が巻き起こり、スバルを地面に叩き付けた。 痛い。熱い。恐怖と孤独感が襲い掛かり、弱い心を容易くへし折る。立ち上がることも出来ず、無力なスバルにはただ泣くことしか許されてはいなかった。 「こんなの……いやだよぉ……。帰りたいよぉ……」 か細く漏れる願いは、しかし非情な現実によって潰えようとしていた。 中央に建てられた女神像が長く晒された高熱によって基盤を崩壊させ、倒れようとしている。その先にはもはや動けないスバルがいた。 「だれか……助けて……っ!」 平和を象徴する女神像は、しかしやはりただの無機物でしかなく、無慈悲なままに少女を押しつぶそうと倒潰を始めた。 迫り来る影に、スバルは目を瞑る。 しかし―――。 「―――っ、よかった。間に合った……!」 願いの果てに助けは来た。 この広大な空港の中、火炎地獄を物ともせずに駆けつけ、巨大な女神像をバインドによって固定した魔導師の少女によって。 「もう、大丈夫だからね」 スバルを間一髪のところで救出した高町なのはとその相棒レイジングハートは、安心するよりも呆然としたスバルをシールドで包み、砲撃の準備を開始した。 そして次の瞬間、寸断された通路の代わりに、脱出路を確保する為の一撃が炎と夜空を切り裂く。 スバルは轟音と共に開かれる天井を見上げた。 赤一色しかなかった世界に、夜空の黒が覗いている。自分を閉じ込め、二度と解放しないだろうと感じた地獄の中に一筋の道が生まれていた。 「さあ、早くここから出よう」 「あ……」 衰弱したスバルの体を、優しい腕が持ち上げる。 見上げる先には力強い笑顔があり、スバルはまた泣きそうになった。今度は恐怖などではなく、ただ心からの安堵で。 そして、なのはが飛行魔法を使おうとした―――その時、二人の視界で炎が『動いた』 「え……っ」 「何!?」 スバルを庇うように抱き締め、なのはがレイジングハートを目の前の異様な光景に向ける。 それは、錯覚なのだろうか―――二人は自問する事となった。 視界を埋め尽くすように揺らめく炎の中で、赤い背景に溶け込むようにして蠢く奇怪なものの姿があった。 それもやはり炎には間違いない。だが、周囲で燃える炎の中で、その一点の炎だけが違う不規則な動きを見せ、同じ真紅の世界の中で浮き彫りに見える。 それは『燃え盛る体を持つ牛の化け物』に見えた―――。 肥大化した筋肉に覆われた上半身。捻じ曲がった巨大な二本角。目や鼻に位置する穴から炎を噴き出す牛の頭。そして、その手に持つ奇怪な形の大鎚。 この世の者ならざる異様な姿を持ちながら、全身が比喩ではなく『燃え盛っている』せいで、炎の中にその全貌が溶け込んでしまう。 「まさか、この火災を起こしたのは……?」 思わぬ真相に遭遇してしまったなのはは、腕の中で震えるスバルを抱く力を強め、敵意を持って炎の中を睨み付けた。 アレが炎の見せる幻影でないのなら、戦わなければならない。 火の肉体を持つ怪物が、眼球とおぼしき熱の塊をなのは達に向けたような気がした。 果たしてその<眼>は自分達を見ているのか? しかし、怪物がその疑問に答えることはなかった。 二人の目の前で、怪物は唐突に消滅し始める。周囲の炎に怪物の体が溶け込むようにして見えなくなっていった。 つい先ほどまでハッキリとその異形を認識出来たのに、見る間にただの炎と怪物の体の境が曖昧になり、気が付いた時には目の前でただ炎が燃えていた。 あの怪物を見た強烈な衝撃は現実感と共に薄れていき、あれが本当は炎の動きが生み出した錯覚に過ぎないのではないかとすら思えてくる。 「……今の、見えた?」 なのはが自分と同じように呆然とするスバルに尋ねた。 自分の見たものが何だったのか? ありのままに受け入れることも出来ず、スバルはなのはの胸にしがみ付いて、かろじて頷くだけだった。 「そう……。忘れた方がいいよ。さ、行こう」 全てが幻であったと言い聞かせるように囁き、なのははスバルを抱えて飛び上がった。この小さな少女がこれ以上悪夢を見ないよう、覆い隠すように抱き締める。 かくて、二人は燃え盛る火災現場からの脱出を果たした。 この日、炎の中で起こった一瞬の幻のような邂逅を、覚えている者は一人、忘れた者は一人。 少女は、この時助けられた記憶から自らの弱さを嘆き、憧れを追い始める。 魔導師は、この時見たモノの記憶が薄れぬよう心に刻み、闇に潜む存在を疑い始める。 <力>は時として人に恐れを抱かせる。しかし、また同時に人を魅せて止まない。 故に、魔に魅入られし人は絶えず……。 自らの背後から伸びる影に埋没する者達の存在を、多くの人々はまだ知らない―――。 魔法少女リリカルなのはStylish 第二話『Gun Fist』 0072年6月。時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校にて。 『―――試験をクリアし、志を持って本校に入校した諸君らであるからして』 亡き兄の夢と仇を追って、大空への第一歩を踏み出そうとする少女<ティアナ=ランスター>と。 『管理局員、武装隊員としての心構えを胸に』 あの日憧れた姿を胸に、その人の待つ高みへと最初の一歩を歩みだした少女<スバル=ナカジマ>と。 『平和と市民の安全の為の力となる決意を』 そして、多くの夢と栄光を目指して同志達が今、ここに集結していた。 『しかと持って訓練に励んで欲しい!』 「「「はいっ!!」」」 『以上! 解散! ―――1時間後より訓練に入る!』 目指すべき先は長く険しく……しかし、彼らの瞳は一様にして輝いていた。 若きストライカー達の挑戦が、此処から始まる。 スバルは感じた。この人、何か猫みたい。 ティアナは思った。こいつ、何か犬っぽい。 32号室で相部屋となったルームメイト兼コンビパートナーへの、お互いの第一印象である。 「スバルだっけ。デバイスは?」 「あ、わたしベルカ式で、ちょっと変則だから……」 初の訓練前で騒然とする倉庫内で、各々が規格の訓練用デバイスを選ぶ中、スバルとティアナのコンビだけが自前のデバイスを調整していた。 「<ローラーブーツ>と<リボルバーナックル>! インテリシステムとかはないタイプだけど、去年からずっとこれで練習してるの」 手馴れた様子でいち早くデバイスを装備したスバルが誇らしげに2タイプのデバイスをティアナに紹介した。 素人とはいえ、独特のデバイスを自作出来る程の知識を持つティアナはそれらを冷静に解析する。 ローラーブーツは自分で組んだというだけあって、特色のない魔力駆動の規格品である。陸戦魔導師ならば、妥当な機動力の確保方法だと言えるだろう。 しかし、右腕に装着したナックルの方はかなりの高級品だと見抜いた。近代ベルカ式は次世代魔法だし、搭載されたカートリッジシステムもコンパクトで新しい。 「格闘型……前衛なんだ」 「うん!」 さて、この逸品を使いこなす猛者なのか、玩具にするバカのボンボンなのか。そんな意味合いを含んだティアナの呟きを、能天気なスバルはもちろん気付かなかった。 「ランスターさんは?」 「あたしも自前。ミッド式だけどカートリッジシステム使うから」 ツインバレルのショットガンに酷似した形状のアンカーガンにカートリッジを詰めながら、素っ気無く応える。 特色といえば、銃身の下部に備えられたショットアンカー程度の汎用デバイスを二つ。ティアナの本来のスタイルは二挺拳銃(トゥーハンド)である。 一般魔導師からすれば変則ではあるが、特に目立ちもしなければ誇れもしない装備だった。 「わ、銃型! 珍しいね。かっこいー!」 しかし、スバルは銃型という点に眼を輝かせた。 質量兵器が廃止されて久しいミッドチルダでは、銃は映画などのフィクションで活躍する代物なのだ。 実用性と機能美を重んじるティアナはそんな子供っぽい反応に冷めた視線を返す。無言の釘を刺されたスバルがビクッと震えた。 必要以上馴れ合うつもりもなければ、相手にわざわざ合わせる気もない。 元来冷めた性格であるティアナは、やはり素っ気無く視線を外すと、デバイスのチェックを終了した。 そして、ティアナの手の中で二挺のガン・デバイスが華麗に踊る。 トリガーガードに指を掛けてコマのように数回転させると、銃身が小気味よく風を切った。その動作のまま流れるように、腰の後ろのガンホルダーへ突っ込む。 ―――と、そこまでの流れを無意識に行って、ハッと我に返った。 ティアナは自分の失態に気付くと、ギシギシと軋む首で視線を移動させる。 先ほどよりも激しくキラキラと瞳を輝かせたスバルの顔があった。どうやら、このパフォーマンスがウケにウケたらしい。 「すっごーい! 今のメチャクチャかっこいーよ、ランスターさん!」 「だああっ、もううっさい! 今のはついやっちゃったの。あんな頭の悪い芸、普段はしないんだからねっ」 「悪くないよ、すごくいいよ! ね、ね、もう一回やってみせて!」 「やらない! 訓練始まるわよ、さっさと並ぶ!」 はしゃぐスバルを置いて、ティアナは足早にその場を立ち去った。この3年間、銃の扱いを参考にしていた男から知らずに受けた悪影響に頭を悩ませながら。 ティアナは感じた。この娘、バカだがやりづらい。 スバルは思った。この人、こわいと思ったけど実はかっこいい。 初のコンビプレイを目前に控えた二人の、ちょっと変化した互いの印象である。 「ふえー、広い訓練場ですね」 「うん、陸戦訓練場だからね」 木々と岩場で構成される自然の訓練場を一望出来る場所で、エリオを連れ立ったシャリオが陸士の訓練を見学していた。 エリオ=モンディアル。今はまだ芽さえ出ない才能を眠らせたこの幼い少年が、この場を訪れたのは、あるいは運命だったのかもしれない。 「あ、朝の訓練始まるねー」 談笑する二人の眼下で、ティアナとスバルを含む訓練生達が記念すべき最初の訓練を開始しようとしていた。 最初の訓練はコンビによる機動と陣形の即時展開。訓練場の設備を利用した基本的なプログラムだった。 「障害突破して、フラッグの位置で陣形展開。わかってるわよね?」 「うんっ!」 二人組(コンビ)での行動の仕方はすでに把握している。しかし、それはあくまで知識としてでしかない。 冷静なティアナとは反対に、スバルは若干緊張していた。 『次、32のコンビ!』 「前衛なんでしょ? フォローするから先行して」 「うん!」 力強いが単調なスバルの返事からその心境を伺えるほど付き合いの深くないことが、ティアナにとって不運だった。 スバルとティアナに番が回って位置についた時。スバルの魔力が過剰なまでにローラーブーツに注ぎ込まれるのをティアナが気付いた時には、全てが手遅れだった。 『セット……ゴーッ!』 号令と同時にスバルが飛び出した。トップスピードで。 「えっ!? ちょ……ぷあっ!」 爆音と共にローラーブーツの瞬発力が炸裂し、地面と背後のティアナを吹き飛ばす。相棒を置き去りにして、スバルは誰よりも速くフラッグポイントを確保してみせた。 そして、当然ながら不合格だった。 ティアナはスタート地点で尻餅を着いたまま咳き込み、完全にスバルの独断専行になってしまっている。 「馬鹿者、なにをやっている!? 安全確認違反! コンビネーション不良! 視野狭窄! 腕立て20回だ!」 教官の叱責を受けて、二人はいきなり意気消沈した。 「足があるのは分かったから、緊張しないで落ち着いてやんなさい」 「ご……ごめん……」 「いいわよ。とりあえず、いずれ舐めることになる訓練場の砂の味を予習することは出来たわ」 兄貴分譲りのジョークも、スバルには完全な皮肉としか聞こえなかったらしい。 余計落ち込んだパートナーと自分自身のバカさ加減に内心頭を抱えながら、ティアナは前途多難なため息を吐いた。 次の訓練は垂直飛越。壁などの遮蔽物を一人が足場となって飛び越える、やはり基礎的な訓練だ。 足場役が両手を組んで相手の足がかりとなり、跳ぶ力と押し上げる力で高い壁を飛び越える。多少息を合わせる必要はあるが、それほど困難な事ではない。 何より、これならば緊張で力んでもプラスにはなれど、マイナスにはならないだろう、と。ティアナは名誉挽回しようと意気込むパートナーを一瞥した。 「しっかり上まで飛ばせてよ」 「うんっ!」 気合い十分、スバルは頷いた。 そしてやはり、気負い気味なのは見越していたが、それに伴うスバルのパワーを予想出来るほど付き合いの深くないことが、ティアナにとっての不運だった。 「いち、にーの……」 「あれ? ちょっと待って、なんであんた魔力で身体強化して―――」 「さんっ!!」 次の瞬間、ティアナは星になった。 『跳ぶ』というより『吹っ飛ぶ』という表現が相応しい勢いで、ティアナの体が空高く舞い上がる。木の葉のように舞う相棒を見上げ、スバルは昇っていた血の気が一気に引いた。 「あああ、しまったぁ!」 格闘型ゆえ、魔力による肉体強化は基礎中の基礎。この滑らかな発動を褒めるべきか諌めるべきか……。 いや、とりあえず一発殴ろう。空中で錐揉みしつつ、口から漏れる悲鳴を噛み殺しながらティアナは黒い決意を固めた。 墜落死が確実な高度で勢いが衰え、落下が始まる。対処を考えるティアナの視界が地上を捉え、自分をキャッチしようと走り出すスバルの姿が見えた。 「動くな! 訓練のうちよ!!」 咄嗟に一喝したティアナの迫力にスバルが硬直する。 ここでスバルが持ち場を離れれば、コンビとしてのミスが決定する。それは許容出来なかった。片方のミスはもう片方が補う。だからこそ<コンビ>なのだ。 「……Slow down babe?」 『慌てんなよ?』 いつだって余裕をなくさず格好を付けたがるあの男の口癖が無意識に洩れた。 自分を見上げる不安そうな表情を不敵に笑い飛ばす。 ―――この程度で失敗などと判断されては困るのだ。パワー馬鹿に振り回されるのは慣れている。 「<エア・ハイク>!」 手に魔力を集中させ、その先に瞬間的な足場を作る。 赤い魔法陣が空中に出現し、それを蹴る反動で頭から落下する形の状態を変える。一蹴りでティアナは瞬時に姿勢を立て直した。 空中での機動確保の為に習得した魔法だが、まだまだ無駄が多い。こんなもの、あのいつも余裕綽々な兄貴分なら鼻歌交じりでやってのける。 それでも、彼から学び取った技術が今この瞬間を救ってくれたことにティアナは密かに感謝した。 一連の流れを見守っていたスバルを含む訓練生達が感嘆の声を漏らす中、やや派手な音を立てながらもティアナは無事自力で地面に着地した。 「ご、ごめんなさい! ランスターさん、大丈夫!?」 ティアナに対する尊敬の念を更に深めたスバルが、それでも心配そうに駆け寄ってきた。 それをジロリと一瞥しながらも、同じく歩み寄ってきた教官に向き合う。 「32番―――」 「特に問題はありません。『多少』パートナーに力みがあったようです」 睨み付けるような教官の視線を平然と受け流して、いけしゃあしゃあとティアナは言ってのけた。 自分が原因であると理解出来ているスバルはハラハラと二人の様子を見守っている。 しばしの沈黙の後、教官は『訓練を続行しろ』とだけ短く告げて、去って行った。 「……あのぉ、ランスターさん」 「……」 「ホント、ごめんなさい……失敗を取り返そうと思って……」 「……色々言いたいし、かましてやりたいんだけど、とりあえず一つだけ言うわ」 「な、何?」 「足が痺れて動けないから運んで」 着地の反動で動かない両足で棒立ちしたまま、ティアナは青筋を浮かべてこの先に待ち受ける多大なる苦労の元凶となるであろうパートナーに告げた。 「あれ、楽しそうです!」 「エリオは真似しちゃだめだよー」 そんな平和な一角からは、律儀にスバルに拳骨を落としながらも素直に運ばれるティアナの姿が見えるのだった。 結局、その日は一貫してそんな調子だった。 一通りの訓練が終了したその日の終わり。訓練の果てに得られたものは、スバルに課せられた反省清掃だ。 「あ、あの……ホントごめん……」 「謝んないで、うっとうしい」 一方的に迷惑をかける形になったスバルはすっかり落ち込んでいた。 数々の場面でスバルの暴走が目立ち、その度にティアナがフォローに回って訓練そのものは継続出来たが、それまでの減点で罰則が下されたのだ。 失敗の度、被害を被るティアナに申し訳なく思い、それを取り返そうとして気負う悪循環。理解出来ないほどスバルはバカではなく、それゆえに尚の事落ち込む。 反省清掃がスバルにのみ課せられたのが、せめてもの幸いだった。 これ以上パートナーに迷惑をかけるのは申し訳ないし、何よりどうしようもなく格好悪いと思えた。 「わたし、もっとちゃんとやるから……ランスターさんに迷惑かけないように!」 「―――あのさぁ、気持ちひとつでちゃんとやれるんなら、なんではじめからやんないわけ?」 意気込んで告げるも、限りなく冷めた視線が返される。 まったくその通りだ。自分を鼓舞するつもりが、スバルは逆に撃沈した。 「……ねえ、あんた真剣? 遊びで訓練やってない?」 「あ、遊びじゃないよ!」 しかし、どれだけ相手に申し訳なくても、その言葉にだけはスバルはハッキリと反論した。 「真剣だし……本気で……っ!」 真っ直ぐに自分の瞳を覗き込むティアナの視線を、精一杯見つめ返して、スバルは必死で言葉を紡ぐ。 それでも無言のティアナの様子に、自分のこれまでを省みて徐々に小さくなっていく声。そこでやっとティアナは口を開いた。 「ならいいわ」 「……へっ? い、いいって……」 「でも、だからって同じ失敗するようなら一発ぶち込んで鼻の穴一つにしてやるからね」 「え゛っ!? は、はい……!」 「よろしい」 あっさりと許しを貰って拍子抜けするやら、実はスゴイ怒ってるのかと背筋が凍るやら。混乱するスバルを尻目に、ティアナは掃除用具を片手に清掃を始めた。 「あ、あの、ランスターさんは掃除しなくても……!」 「二人でやった方が早く終わるでしょ? これ終わったら自主訓練するわよ。あんたには基礎訓練だけじゃ足りないわ」 「でも、これはわたしの罰なんだし……」 「仮とはいえ、あたしとあんたはコンビでしょ」 指で銃の形を作り、ティアナはスバルの眼前に突きつける。 「―――だったら、互いの罰は二人で被る。 あたしの銃は、あんたの背後の敵を撃つ。代わりにあんたの拳は、あたしの背中を守るのよ。いい? 肝に銘じておきなさい」 指をずらしてスバルの背後を撃つ真似をしながら、ティアナは不敵に笑ってみせた。 その危険な魅力と迫力を秘めた笑みにスバルは見入る。 それはスバルに、ティアナに対する第一印象の静かな雰囲気を一変させる烈火の如き印象を与えた。そして次に力強さと、頼もしさと―――何より憧れを感じる。 もしこの場に、ティアナとダンテの二人を知る者が居たのなら、こう言っただろう。 ―――本当に血が繋がってないのか? 笑った顔なんてソックリだぜ。 甲斐性なしで、常に余裕で、どんな時もくだらないジョーク交じりのおしゃべりが大好きなあの男の背中を見続けた時間の中で、少女は確かに変わっていたのだった。 「う、うん!」 怒られると思っていただけに、ティアナのパートナーとしての言葉と信頼に感動の涙すら見せるスバル。 ティアナは普段の冷めた仕草でため息を吐いた。 「返事だけはいいわね。言葉じゃなくて行動で応えなさいよ」 「わかった! わたし、頑張るよ!!」 「それじゃあ、まずはこの掃除をさっさと終わらす」 「了解! ……ねっ、『ティアナさん』って呼んでもいい?」 「分かりやすい馴れ合い方ね。こっちは『スバル』なんて呼ばないわよ、ナカジマ訓練生」 「ええ~っ、コンビでしょー?」 「あたしが頼れるくらいになれば、考えるわ。今日のミスの回数聞く? 数えてるわよ。いちいち言わないけど、恨みは募ってるから」 「う……っ、がんばります……」 少しだけ距離を縮めた二人の喧騒は、これからの生活を暗示するように訓練場の片隅で流れ続けた。 前途多難ではあるが―――とりあえず一歩。 いつかの未来で伝説になるかもしれないデコボコ魔導師コンビが、此処から始まったのだ―――。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ヘル=プライド(DMC3に登場) 七つの大罪って知ってるかい? 人間が地獄に落ちるに値する罪だそうだ。 そのうちの<傲慢>を犯した人間を地獄で責め立てる魔界の住人が、コイツだ。 黒いボロ布を纏って大鎌を持ったミイラみたいな姿はまさににじり寄る死神だが、ちょいと腕の立つハンターからすれば雑魚同然だ。 もちろん、この俺にとっては言うまでもないよな。 死人を痛ぶることしか出来ないだけあって動きは緩慢で、砂を媒介に実体化してるせいかひどく脆い。 ビビらずに一発かましてやるのが、この雑魚どもに対する一番の攻略法さ。 どちらかというと、後に残る砂の始末の方が厄介で面倒極まりないくらいだね。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3606.html
マクロスなのは 第15話『バルキリーと魔導士』←この前の話 『マクロスなのは』第16話「大宴会 前編」 総合火力演習は結局、ガジェット・ゴースト連合の介入によって中止となってしまった。 しかしこの演習によって魔導士、バルキリー両方の長所と短所が世間一般に露呈した。 万能に思えるVFシリーズだが、低空時の機動性は魔導士と互角。小回りにおいては技量の関係で劣っている。それに転送魔法や様々なスキルの存在する魔導士に分があった。 また、地上部隊として多い地上での治安維持活動はその大きさが枷となるため不向きだ。 だが高空での高機動性と、バリアジャケットより圧倒的に強靭な装甲。そして無限大の航続能力と高い生存性。ガウォーク形態による制空権の確保、維持の信頼性。高性能かつ大規模な各種センサー、強力なECM(電子攻撃)及び対AMF能力。 そして災害時、マニピュレーターによるレスキュー能力など魔導士では望んでも得難い物が多数あった。 しかし空戦魔導士部隊全てをバルキリーに転換するのは予算はともかく、訓練時間がないためAランク以上の慣れていない者が乗っても逆に戦力低下を招くだけだった。 また両者の合同作戦の有効性も証明されたこともあって世論も各隊員も共存を望んだ。そして保守派の者も最低限の利権の確保のために 「共存なら・・・・・・」 と譲歩した。 (*) 演習から3日後 クラナガンの中央に位置する本部ビルからそうはなれていない所に、巨大なドーム型の建物『クラナガンドーム』があった。 そこは普段ミッドチルダ及び隣国のベルカなどの公式野球チームが平和的に試合をする場だった。 しかし今日は予定された試合がないにも関わらずドーム内の照明は明々と灯っている。 そして野球で本来ライトのポジションの者が立つであろう人工芝の上には仮設のステージが据えられていた。そこには横断幕が掲げられていて〝地上の平和は任せとけ!〟と書かれている。 センターには大人数用の長机がズラリと並べられ、300を超える人が腰掛けていていた。 またレフト付近には第一管理世界だけでなく各次元世界の報道陣が詰めかけており、時折シャッターが焚かれる。 彼らのカメラは全てステージに向けられており、今まさにあの記者会見に次ぐ歴史的な事が行われようとしていることを示唆していた。 ステージ上には地上部隊と本局の旗が掲げられ、地上部隊の礼服姿のレジアス中将、そして〝本局の礼服〟姿の八神はやての姿があった。 レジアスは壇上のマイクの前に立つと演説を始める。 『ミッドチルダ、及び各次元世界の皆さん。私は時空管理局、地上部隊最高司令官のレジアス・ゲイズ中将です。 現在ミッドチルダはガジェットと呼ばれる魔導兵器によって、時空管理局始まって以来の危機に直面しております。彼らは管理局の戦闘員のみならず、非戦闘員である民間人にすら躊躇わず攻撃してきます。現在の死者は40人にも及び、負傷者は民間人を含めると600人を超えます。彼らの正体は未だに不明ですが、平和を脅かす〝敵〟である事は間違いありません!そして我々は決して彼らに屈伏する訳には行かないのです!』 力強く訴えかける俗に言うレジアス調が始まり、センターに座る人々もそれに同調して 「「そうだ、そうだ!!」」 と囃し立てる。 『なおも禍々しい力を使おうとする者達には正義の鉄拳が振り下ろされるだろう!我々の鉄の意志と団結によって!!』 民族大虐殺を実行した第97管理外世界のヨーロッパ辺りに出現した〝ちょび髭〟独裁者のようなその力強い演説に、フラッシュが数多く瞬いた。 だが彼がその独裁者と違うのは、持ちうる大きいが有限な権力を〝少数(ゲルマン民族)の幸福と多数(ユダヤ民族に代表される他民族)の非幸福〟に使うか、〝最大多数の幸福〟に全力を注ぐか。の違いであった。 『テレビの前の皆さん。今日我々時空管理局は、長きに渡る海(本局)と陸(地上部隊)の反目。そして魔導士部隊とバルキリー隊の対立乗り越えて一致団結する事をここに宣言します。 その礎として空戦魔導士部隊及び時空管理局本局代表の八神はやて二佐と─────』 はやてがコクリと頭を下げる。 『─────バルキリー隊及び時空管理局地上部隊代表である私とが、肩を並べ、手を取り合う姿をご覧いただきたい』 実は2人とも地上部隊所属だが、そこはご愛嬌。 地上部隊と本局の最高司令である両文民大臣は、これに類する法案整備が忙しく出席を辞退。元々バルキリーと魔導士部隊の連携を誓うつもりだった2人に代理を押しつけたのが真実だったりする。 ともかく、親子ほどの歳の差がある2人が固い握手を交わした。 その光景にセンターにいた人々─────空戦演習に参加した空戦魔導士部隊全員、フロンティア基地航空隊の参加者、そしてクロノ提督やリンディ統括官など本局からのゲストも大きな歓声をあげた。 またマスコミも待ってましたとばかりに一斉にフラッシュを焚き、ドームを真っ白に照らした。 この時、本局と地上部隊、そしてバルキリー隊と魔導士達は真にお互いを受け入れたのだった。 (*) その歴史的瞬間からすぐ、天井の屋根がスルスルと動き出した。 開いていく屋根からは青い空が望む。そこを横切るは6つの航跡。 桜色、金色、赤色の魔力光を放つ光跡は、機動六課のなのは、フェイト、ヴィータのものだ。残る青、緑、白の航跡は、スモークディスチャージャー(煙幕発生機)を起動したVF-11SGとS、そしてVF-25だ。それぞれミシェルとライアン、そしてアルトが乗り込んでいる。 6人は中央でパッと六方に散ると、3人ずつ時間差でUターンして再び中央に戻って来る。 六課の3人は対になるように3方向からアプローチし、ドーム中央を軸に回転しながら急上昇する。それによって3色の光跡は綺麗に螺旋模様を描いた。 バルキリー隊の3機も、さっきと同様に螺旋模様を描きつつ上昇する。 その時会場に音楽が流れ始めた。その歌声は紛れもなく超時空シンデレラのものだった。 <ここより先は『私の彼はパイロット ミスマクロス2059』をBGMにするとより楽しめます> その歌声に合わせて6人が舞う。 キラリと光ったかどうかはそれぞれの主観によるが、6人は綺麗な編隊を組んだまま歌に合わせて会場にかすめるほど急降下。そして急上昇しながら六課とバルキリーとで二手に別れた。 上昇を続けるバルキリー編隊と六課編隊はそれぞれが特徴的な円を描きつつ合流する。その軌跡は大きなハートを描き出していた。 続いて六課編隊からフェイトが抜け、高速移動魔法によってバルキリー編隊を掠めるようにニアミスして反転、離脱しようとする。しかし3機はガウォークを使った鋭いターンでそれを追うと、マイクロハイマニューバミサイルを放つ。 ロックされたフェイトを追尾してミサイルが直線に並びながらハートの真ん中へとさしかかる。 『ディバイン・・・・・・バスタァーーー!』 フェイトの目前で放たれたなのはの砲撃がハートを貫く。その桜色の光跡は瞬時に消えてしまうが、ミサイルの誘爆によってその爆煙が綺麗な矢を形成。ハートを貫く矢というラブサインを描き出した。 そしてなのはにはミシェル、フェイトにはアルト、ヴィータにはライアンとそれぞれ別れて2機編隊で宙返りなどアクロバットする。 〝だけど彼ったら 私より 自分の飛行機に お熱なの〟 組同士仲良く編隊を組んでいたが一転、六課側が砲撃などの攻撃を敢行。攻撃はそれぞれの相方の機体に直撃し、機体は煙を上げながらキリモミ落下した。 会場はその行為と、ほんとにヤバそうなバルキリーのキリモミ落下に息を呑む。 しかし落下する3機はほぼ同時に機位を立て直すと六課側と合流。そのまま仲良く編隊を組んで会場をかすめ飛ぶ。 他5人がそのまま横切って行く中、VF-25のみがガウォーク形態に可変し減速。ステージ前に降り立った。そしてキャノピーを開けると、後部座席の少女をステージ上に降ろした。 〝きゅーん、きゅーん きゅーん、きゅーん 私の彼はパイロット〟 ランカはステージ上で歌を完結させると、声援とフラッシュに応えた。 (*) 30分後 ドームはまるで優勝の決まった野球チームのようなどんちゃん騒ぎになっていた。 「今日は無礼講、階級は忘れて大いに飲んでくれ!」 というレジアスの言の下、空戦魔導士、フロンティア基地航空隊員入り乱れての酒盛りやシャンパンファイトという光景も見られた。 しかし今は比較的沈静化し、楽しく談笑しながら出されている料理を食べる事が主流になりつつある。 アルトもそんな主流派の1人だ。彼も適当に見繕ってきた食材を皿に並べ、それらをつついている。 彼の周りにはすでに機動六課の面々(隊長陣とフォワード4人組)やサジタリウス小隊のさくら。そしてミシェルと机を囲んでいる。ちなみにランカとはやて達はマスコミに連行されたっきりだ。 (大変だなぁ・・・・・・) アルトは他人事のように考えながらよく煮えたポークを口に頬張った。 「しかし、まさか両方の戦勝パーティーに出られるとは思わなかったな」 周りを見ながら呟く。 比較的オープンな六課では感じなかったが、地上部隊では魔導士ランクですべて決まり、ほとんどの場合で同じランクの者としか付き合わなかった。 また、魔導士とバルキリーパイロットも異質なものとして原隊でもなければ互いに接点を持たなかった。 しかし今はどうだろう。 地上部隊の茶色い制服を着た(魔導士ランクが)高ランクの局員と、フロンティア航空基地のフライトジャケットを着た低ランクのバルキリーパイロットが仲良く談笑していた。 演習前にこの光景を誰が予想しただろうか。 少なくともアルトは現状に満足していた。『どちらかが路頭に迷うことなど、ない方がいい』と考えていたからだった。 そしてアルトの呟きに、いつもの和食ではなくパーティ料理をつついていたなのはが応える。 「そうだよねぇ。でもこっちはほとんど必勝のつもりだったんだけどなぁ~」 そう言うなのははちょっと悔しそうだ。確かにあのAランク魔導士を全力投入した物量作戦では勝ちを確信してもおかしくなかっただろう。バルキリー隊の生存率が高いのはその装甲によるものだけではない。大量に搭載された撃ちっぱなし式ミサイルが抑止力として魔導士達の接近を拒んだからだ。あのまま長引いていれば弾薬切れで確実に負けていた。 「確かに。はやて部隊長、なんかすっごい張り切ってましたもんね~」 こちらは何故か甘いもので埋め尽くされているスバルが言った。今彼女の目の前には20cm程に高くそびえ立つアイスクリームボールを積んで作ったタワーがあった。 (あんなのどうやって食べるんだよ・・・・・・) 「こっちだって六課対策で猛特訓したんだぜ。なぁ、アルト」 「・・・・・・うわっ!」 ミシェルが突然肩を叩いたため、アイスクリームに意識が集中していたアルトは前につんのめる。その拍子に机を揺らしてしまった。それによってギリギリの均衡を保っていたアイスクリームタワーはグラリと揺れ、最上部の1個が落ちた。 「あ?」 それに気づいたスバルの対応は早かった。 彼女はコンマ数秒の間に小型のウィングロードを落ちる先に展開すると、アイスの地面への落下を防ぐ。そして更に驚嘆すべきことに直径4センチを超えていたであろうアイスクリームボールをそのまま口に滑り込ませてしまったのである。 「・・・・・・」 彼女は口を閉じたきり動かない。 人の口の大きさを超えるようなものを一呑みしてさらに動かないとなると、さすがにヤバイかと思い始めて駆け寄ろうと腰を浮かせる。 「おい、スバル? だい─────」 大丈夫か?と、最後までいえなかった。なぜなら彼女はブルリと震えたかと思えば、目を輝かせて一言。 「美味しい!」 出鼻を挫かれたアルトはその場に転んでしまった。 「あぁ、アルト隊長、大丈夫ですか?」 さくらがズッコケたこちらへと手を差し出し、助け起こしてくれる。 「・・・・・・あぁ。っておい、お前ら!あれを見てどうも思わないのか!?」 しかし、六課メンバーは一様にいつもの事だ。という顔をした。 ティアナが唯一 「あんた、食べ過ぎるとお腹壊すわよ」 と注意していた。 (いや、そんなレベルじゃないだろ・・・・・・) アルトはやはり胸の内で呟いた。 (*) 「お代わり行きますんで、皆さん欲しいものありませんかぁ?」 スバルはまたアイスクリームを食べるつもりらしい。手にはさっきのアイスが入っていた大皿が乗っている。 彼女はなのは達からお茶等の注文を受けると、注文が多かったため運び係を志願したエリオを伴って人混みに消えていった。 「それでアルト、さっき聞いてたか?」 ミシェルの問いに今度は落ち着いて答える。 「ああ、あん時あと1週間しかなかったからな。陣形の選定とかしなきゃいけなかったし、参戦してくるであろう機動六課戦力への対策に1番時間を費やしたな」 アルトはあの日々を思い出しながら言う。まさにそれは〝月月火水木金金〟と呼べるほどのハードスケジュールだった。 「そういえば演習1週間前に、突然アルト隊長が私達の小隊を集めて『お前達がフロンティア基地航空隊の切り札だ!』なーんて言い出すんですよ。びっくりしちゃった」 さくらがアルトの声色を真似て言う。 そう、サジタリウス小隊のさくらと天城の両名とも珍しくクラスオーバーAのリンカーコアを保有していた。そのため訓練次第では超音速可能なハイマニューバ誘導弾の使用が、そしてMMリアクターの補助でSクラスの出力を持った魔力砲撃ができたのだ。 ─────しかしなぜ2人はこれほどの出力を持ちながらバルキリー隊に配属されたのだろうか? 実は天城の方はこのクラスのリンカーコアを持ちながら飛行魔法が大の苦手であった。しかし空戦に必要な空間把握能力などのセンスが高く、実績も十分評価できる立派なもの(なんでも部隊の数人でテロを計画する次元海賊の本拠に突入。そこで暴れまくり、対応の遅れた本隊の到着までの時間稼ぎをしたらしい)だったため、原隊の部隊長が陸で果てるには惜しい人材と判断し推薦したという。 またさくらもヘッドハンティング(引き抜き)でなく推薦だ。しかし推薦主は〝特秘事項に該当〟するとかで判明しなかった。 話は戻るが魔力砲撃のSクラス出力は戦闘の上では必須条件であり、音速を軽く突破してくるオーバーSランク魔導士に追随できるハイマニューバ誘導弾もまた必須であった。 そのため彼らには対六課戦力用の特訓が施された。結果的に2人は格段に進歩し、それぞれに小隊を与えてもよい程の技量に到達していた。 「─────でも負けてしまいました。すいません・・・・・・」 シュンとするさくらに対戦したフェイトがフォローする。 「さくら、もしあれが演習用の模擬弾じゃなくて、実体の徹甲弾だったら私のシールドは全部破られていたよ」 「そうだ気にするな。お前の砲撃を受けきるなんて誰も予想してなかったんだ。おまえ達は十分やったよ」 「はい!ありがとうございます!」 さくらは2人にペコリと頭を下げた。この素直な所が彼女の持ち味だ。きっとどんな困難にぶち当たっても挫けないだろう。 「やっぱりお前達を選んでよかった。・・・・・・しかし俺は教官だからな。またすぐ他の奴を教えなきゃいけないのが、なんだか寂しいもんだな」 2人の頑張る姿がフラッシュバックする。 総火演までの7日間、シミュレーターによるAIF-7F『ゴースト』とのタイマン勝負を朝飯前の日課とし、VF-25を仮想六課戦力に見立てた2機一組による連携訓練。そして戦術について深夜まで話し合ったあの日々が。 さくらにもこちらの思いが伝わったのか 「そこまで私達の事を・・・・・・!」 と感極まった様子だ。 「アルトくんの気持ち、よくわかるなぁ~」 なのはは続ける。 「私も教導隊だからね。同じ子は大体1ヶ月ぐらいしか見てあげられないの。だから『まだ教え足りない!』、『もう少し時間があれば・・・・・・!』って何度も思ったな。だからいつも教える時は全力をかけて、後悔しないように。だからアルトくんも後悔しないように頑張ってね!」 「ああ。サンキュー」 なのはの激励を授かったちょうどその時、今まで沈黙を守っていたステージに光が戻った。 『これより新春隠し芸大会を開催いたします!』 壇上でマイクを握っているのは天城だ。姿が見えないと思ったら裏企画に参加していたらしい。 周囲からはブーイングの嵐だ。 曰く、 「テレビが来てるんだぞ!」 や 「新春って今7月末だぞ!」 等々。 天城は地声で 「こういうのは新春って決まってんだよ!」 などと怒鳴り返すと、マイクを握りなおす。 『こういう展開になると予想していた俺は、すでにエントリーナンバー1番を予約しておいたのだ!それでは先生、ガツンと一発お願いします!』 天城と立ち代わりにやってきたのはランカだった。 『1番、ランカ・リー、歌います!』 ランカが〝ニコッ〟と、笑顔の矢を放つと場が一斉に盛り上がった。 冷静に 「これって隠し芸?本業じゃね?」 とつっこむ者もいたが、大半が肯定側に寝返った。 ランカの衣装がバリアジャケットであるステージ衣装に変わる。 そして彼女はお決まりのマイク型デバイスをその手に握ると、力いっぱい叫んだ。 「みんな、抱きしめて!銀河の果てまでぇー!」 大音量のイントロと共にランカのライブが始まった。 客席が水面のように揺れて、大気振るわす歓声が輪になって広がっていく。 恋する少女のときめく心を綴ったファンシーな歌詞を、ノリのいいビートと快活なメロディに乗せたランカ最大の必殺歌(?)『星間飛行』。 そして遂に幾多の戦闘を止めたこの曲最大のポイントに突入する! 「「「キラッ!☆」」」 ドームに唱和する全員の声。 続くサビに場は完璧にランカの生み出す世界に呑まれ、誰もが興奮のるつぼへと飛び込んだ。 (*) そうして長いようで短いライブは終わった。 『ありがとうございました!』 ランカがペコリと頭を下げ、舞台袖に引っ込んだ。既に会場は最高潮の盛り上がりをみせている。 そして再び舞台袖から天城が姿を現した。 『ランカちゃんありがとうございました。では2番をどなたかお願いします!』 天城がマイクを客席に向かって突き出す。 レベルの高かったランカの後だ。なかなか名乗りを挙げるのは難しいだろう。アルトはそう思ったが、案外早く見つかった。 「はーい、わたしやるですぅ!」 聞こえたのは遥か後ろ、ちょうどマスコミのど真ん中あたりからだった。 そして彼女は自分達を飛び越えてステージに一直線に向かっていき、天城は彼女のためにマイクの台を残すと舞台から退いた。 『2番、リインフォースⅡ(ツヴァイ)、歌います!』 彼女はマイクの前で宣言すると、歌いはじめた。 〝トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ─────〟 さっきとはうって変わってなんだか荘厳な雰囲気だだよう曲だ。それにア・カペラであるはずなのになぜかパイプオルガン伴奏が聞こえてくるようだ。 また、彼女の足下にミッドチルダ式でもベルカ式でもない魔法陣が展開されている。あれは一体? しかしその時、後ろから来た疾風が自分の横を駆け抜けていった。ちょうど歌が終わる。 「こぅら、リィィィン!!」 満場の拍手に混じって八神はやての怒声が会場に響き渡った。そして次の瞬間には舞台に現れ、リィンにハリセンの一撃を加える。 「ひたい(痛い)!」 「〝中の人ネタ〟やったらいかんってあれほど言ったのに!」 「だって、隠し芸って─────」 「中の人ネタは隠し芸って言わんのや!」 はやてはそう言って彼女を叱りつけると 「すいませんでした!」 とこちらに一礼。舞台袖にリィンを連行していった。 「ええっと・・・・・・それでは3番行ってみようか!!」 はやての乱入によくわからなかった一同だが、天城の強引な司会進行によってなんとか盛り上がりを取り戻した。 周囲に祭り上げられて名乗りを上げた3番手が上がる舞台を眺めながらアルトは気づいた。フェイトの舞台に投げる熱い視線に。 「そういやフェイト、歌完成したんだって?いい機会だし歌ってきたらどうだ?」 しかし彼女は笑顔見せると、 「私の歌なんて、こんなところで披露するような大層なものじゃないよ」 否定する彼女の面影はどこか見たことがあるような哀愁を漂わせている。 (この表情、どこかで・・・・・・?) 見た覚えは強烈にするのにどうしても思い出せない。しかしそれは少なくともフェイトではなかった。 「・・・・・・ん、そうか」 とりあえずそう応答するが、それがどこか気にかかってアルトの心をかき乱した。 (*) 10分後 舞台はすっかり通常の隠し芸大会の様相を呈していた。さっきまで酔った管理局の一佐がカラオケを披露していた。 今は空戦魔導士と基地航空隊の男女十数人ほどが動く死人、いわゆるゾンビに扮装し、どこかで聞いたような英語の曲に合わせ 「スリラー!」 などと叫びながら踊っている。 また、ホロディスプレイのテロップには〝M.J.追悼慰霊祭〟と書かれていた。 (ゾンビの意味あるのか?) 元を知らないアルトはそう思ったが、他人の芸に口出しするのもはばかられたので気にしない事にした。 さてアルト達はというと、変装したランカやはやて達を加えてあるゲームをしていた。 机の中心には人数分のカレーパンが積んである。 持ってきたスバルによれば、この中に1つだけ『爆裂・ゴッドカレーパン』というどこかの必殺技のようなカレーパンがあり、ものすごい辛いらしい。 それを食べた幸運(?)の持ち主を残りの人が当てるという単純明快なゲームだ。 「そうねぇ・・・・・・これにしよっと!」 ティアナが早速と、ひとつのパンを掴み上げた。そこにスバルが茶々を入れる。 「あぁ!ティアそれでいいの!?」 「なに?まさかこれ!?」 「ヒヒヒ、わたしも分かんな~い」 「む~!」 膨らむティアナにスバルはしてやったりとクスクス笑う。 「じゃあぼくはこれ」 2人に続いてパンに手を伸ばしたのはエリオだ。 「あ、エリオくん、わたしのも取って」 席が遠くて手が届かないキャロがこれ幸いと頼む。 「いいよ。うーん・・・・・・これでいい?」 「うん。ありがとう」 キャロはパンを受け取ると、笑顔を返した。 字面だけみていると仲のいいカップルのように聞こえる。しかし本人達に自覚はないし、周囲からみても仲のいい〝兄妹〟にしか見えなかった。 いろいろありながらも、パンは1人1人に渡っていった。 アルトもあと5つ程になった時に 「ままよ!」 と3つとり、1つをさくらに渡した。 「え?ああ、ありがとうございます」 どうやら扱い慣れていないナイフとフォークで、ビフテキと格闘していたようだ。 「・・・・・・えっとだな、さくら」 「はい?」 「利き手がナイフだぞ」 さくらは顔を真っ赤にして持ち変える。そんな彼女を横目に、ランカにもう1つを渡した。 「ありがとう、アルトくん」 ニコッと微笑むランカ。今彼女の髪は黒になっている。 それだけでアルトも最初彼女がランカとは分からぬほど印象が変わっていた。なんでもデバイスの簡易ホログラム機能を使って髪を黒に見せているという。 「みんな取ったね?」 スバルが最後に残ったパンを手に確認する。 ちなみにミシェルはさっきウィラン達とどこかへ行っていた。 (チッ、運のいい奴め) スバルが周囲を見渡して確認を終えると、開始の合図を放つ。 「それでは始めぇ!」 パクッ そんな擬音が聞こえてきそうなほど全員一斉にパンを口に頬張った。 モグモグ なんてことはない。確かに辛いが普通のカレーパンだ。 ランカやさくらも普通に食べていく。どうやら3人とも〝当たり〟ではないらしい。 周りを見渡すと他も普通に食べて・・・・・・いや、キャロは先にフリードリヒに食べさせて〝毒味〟させているようだ。 (うーん、見かけによらず計算高いヤツなんだな・・・・・・) 彼女はフリードリヒが問題なく食べるのを確認したのか今度こそその愛らしい小さな口でパンをほうばった。 「からーい!!」 ・・・・・・どうやら普通のカレーパンでも十分辛かったらしい。 苦笑しながら見回していると、今度はなのはと視線があった。 「どうした?」 「うん、ちょっとみんなの反応を見てただけ。アルトくんは?」 「俺も同じだ」 そう言うと2口目を口に運んだ。 しかしアルトは既に気づいていた。彼女の額にうっすらと浮かび上がっていた汗。そして声に混ざる小さな緊張のスパイス。これによってなのはがホシに違いないと。 しかしそこまで考えなくとも彼女はすぐにシッポを出し始めた。 食べていくうちになのはの顔色が赤にそして青に変わっていく。 ルールでは水が飲めないことになっているため相当きつそうだ。 全員が食べ終わった時、なのはは必死に笑顔を作っていた。しかしそれはひきつり、顔は真っ青だった。 (まったく、無理するのが好きなやっちゃ・・・・・・) 頑張りは認めるがあれでは誰の目にも明らかだろう。 投票が行われ、アルトは用紙になのは以外の名を書いた。 (お前の頑張りに乾杯!) 心の中で呟いた。 しかし正直者が多かったようだ。投票は、なのは 5。他バラバラ 5で、なのはが圧勝した。残り4票はなのは自身とアルトのような同情票だろう。 「はい!わたしです!だから・・・・・・早くお水を・・・・・・!」 負けたなのはがもはや息も絶え絶えに言う。 スバルは即座に席を立って飲み物の調達に走る。そして水を取ってくると、なのはに渡した。 ゴク、ゴク・・・・・・ その豪快な飲みっぷりに透明な液体はすぐになくなった。 しかし様子がおかしい。今度はフラフラし始めた。その目の焦点は定まっておらず、トロンとしている。 「ちょっとなのは、大丈夫?」 彼女の隣に座るフェイトがなのはを揺する。 「あぁ・・・・・・フェイトひゃん、らんか、ろれつが、まわららないの・・・・・・」 なのはがえらく色っぽく言う。そしてそのままフェイトに倒れ込んで抱きついてしまった。 「ちょっと、スバル? なにを飲ましたんや?」 はやてが席を立って、現場に急行しようとする。こうして席の者たちが騒然とする中、外部から介入が入った。 「おい君、アレ、飲んじゃったのかい?」 魔導士部隊と基地航空隊の隊員数人がスバルに問い詰める。 「は、はい・・・・・・ダメでしたか?」 「いやあれは罰ゲームに使うつもりだったアルコール度数が60%の酒のスポーツ飲料割りだぞ!」 「「「え~!」」」 どうやら急いでいたスバルが、水と間違えて酒をなのはに渡したらしい。 それも悪いことにスポーツ飲料割りと来た。スポーツ飲料は水分などの体内への吸収を良くするため、同時に摂取してしまうとアルコールの回りがものすごく速くなる。 つまりあれは急性アルコール中毒者製造飲料とも呼べる兵器と化していたのだ! なのはも急いでいたし、カレーパンに味覚、嗅覚をマヒさせられていたので気づかずに飲み干してしまったようだ。 現在当のなのははフェイトの腕の中でイノセントな寝息をたてている。 さすが一杯で物凄い即効性だった。しかしこの程度で済んでいるのは実は酒に強いのだろうか? ともかくこのままでは風邪をひいてしまう。仕方ないのでなのはは同じように酔いつぶれた人が集う休憩所で寝かせてもらうこととなった。 (*) 「でもそんなに辛かったのかなぁ?」 ランカの素朴な疑問に、なのはを〝持って〟行って不在のフェイトとはやてを除く全員が同調する。 『エース・オブ・エースをノックアウトしてしまう神なるパンはいかほどのものだろう』と。 その疑問に最初に耐えられなくなったのはやはり好奇心旺盛なスバルだった。 「じゃあ人数分持ってきますね!エリオも行こ!」 「はい!」 「あ、2人とも私の分はいいからね」 まるで解き放たれた矢のように飛び出して行きそうな2人にランカがマイクを片手に喉を示しながら言う。 『商売道具である喉に負担をかけたくない』ということなのだろう。 「「はーい!」」 スバルたちは頷くと、人混みに紛れていった。それと入れ違いに次元航行部隊の上級将校の制服を着た女性1人と護衛艦隊(次元航行艦隊)の制服を着た男性がこちらにやって来た。 男の方はこの世界に来てばかりの時に会ったクロノ・ハラオウン提督で、女性の方は聖王教会で見た写真に写っていたリンディ・ハラオウン統括官だ。 「こんにちは。あなたが早乙女アルト君?」 「そうだ」 「クロノは知ってるわね」 一礼するクロノを横目に頷く。 「私はフェイトの母のリンディ・ハラオウンです。あなたの噂は息子と娘から聞いています」 「・・・・・・そりぁ、ご贔屓にどうも」 しかしリンディは周囲をキョロキョロしはじめた。 「ところでなのはちゃんとはやてちゃん、それとうちの娘を見ませんでしたか?」 今までマスコミの取材攻勢にさらされていて・・・・・・と続ける。 アルトを含め席の者達は口ごもった。 まさか泥酔したなのはを休憩所に持っていったと言うわけにもいかない。忘れてしまいそうになるが、まだ彼女らは未成年だ。 「・・・・・・さぁ、さっきまでいたんだがなぁ・・・・・・そうだろ、ランカ?」 「えっ、う、うん。そうだね。どこいっちゃったのかなぁ~」 アルトにならってランカもとぼけ、周囲も追随した。 「そう? 仕方ない子達ねぇ・・・・・・」 リンディにとってみれば3人はまだ子供らしい。そこにスバル達が戻ってきた。 「持ってきましたよ~カレーパン」 その皿の上には都合のいいことにリンディ達の分もある人数分のカレーパンと、それであることをダブルチェックしたというお茶があった。 (*) 試食した神のカレーパンはそれはもう激烈な辛さだった。 水があっても半分がやっとだ。アルトは改めて水なしで頑張ったなのはに感服した。 周囲では犠牲者が多発しているらしい。 「グワァァァ!」 などと叫びながら青白い火を吹いている者もいる。 ・・・・・・いや?あれは隠し芸大会か。よくみるとオールドムービーで見たことあるあの怪獣の着ぐるみを着て舞台上に作られた町を破壊していた。 それにしてもあの船首にドリルのついた船はなんだ?なぜビームを撃っている?俺の知ってる轟○号は冷線砲だったはずだ! 「なにこのパン、罰ゲーム・・・・・・?」 舞台から視線を戻してみると、パンを食べたリンディが鼻を摘まんで目に涙をためている。そうなのだ、このパンには少なくともわさびが入っている。 (しかしいったい何を入れればこんなに辛くできるんだよ。下手すりゃ死人が出そうだな・・・・・・ってかまずカレーの味がしねぇよ!ただひたすら辛い・・・・・・いや激痛がするだけじゃねぇか!) しかし更に驚くべき事態が発生した。 リンディがどこかから砂糖を取り出したかと思えば、湯飲みに次々入れていくのだ。確か熱い抹茶が入っていたはずだ。 驚愕していると、念話が入る。クロノからだ。 『(すまん、かーさん大甘党なんだ。見なかった事にしてくれ)』 『(・・・・・・あ、あぁ)』 アルトは頷く事しかできなかった。 (まったくどうなってんだ!リンディといい、このカレーパンといい、常軌を逸してやがる!) しかし「どんな奴がこのカレーパンを作ったのだろうか?」と、気になったアルトはスバルに問う。 「おいスバル、これをどこから持ってきた?」 舌を出して痛がっているスバルは、ある一角を指差した。 そこはバイキング形式で料理の並んでいる普通のエリアではなく、民間の店舗が宣伝のために展開しているエリアで、『古河パン』という店らしい。 少し興味のわいたアルトは、食べれなくて指をくわえるランカを伴い行ってみることにした。 (*) 「いらっしゃい」 『古河パン』の仮設の店舗は屋台形式だが、なかなか品揃え豊富でどれも美味しそうだった。 屋台をやっている店主はまだ30代ぐらいのたばこをくわえた男だ。しかし彼の目からは子供のような元気さ、溌剌さが漂ってくる。 つまりいい意味で『心は子供のまま』というやつだ。 それに古河パンは結構有名店らしい。たくさんの人がパンを買っていく。買いにきた大口の魔導士達。どうやら常連らしい。仲良く話し込んでいた。 「わぁ~、見て見てアルトくん!光ってるよ!」 ランカの指差した先には『レインボーパン』とある。確かにそれはどういう理屈か七色に光輝き、非常に美味しそうだ。 しかし───── 「そいつは止めたほうがいいぜ、少年」 店主が突然後ろから声をかけ、驚くアルトを無視して名札の一角を指差した。 そこは〝早苗パン〟と書かれている。 よく見るとゴッドなカレーパンにも同じ表示があり、値段は他が7割オフなのに対し、その名がついた物は定価となっていた。 「早苗パンってなんなんだよ?」 アルトの素朴な質問に店主は驚く。 「おまえ、早苗パンを知らないのか!?」 頷くアルトとランカ。 「そうか初めてなのか・・・・・・仕方がねぇ、教えといてやる・・・・・・このパンはなぁ─────!」 店主は神のカレーパンを1つ掴みあげると無造作に頬張る。そして比喩でなく本当に火を吹いた。 「きゃあ!」 その圧倒的な熱量に、ランカはサッとアルトの後ろに逃げ込んだ。 アルトもアルトで驚き戦(おのの)くことしかできない。 店主は火炎放射をやめると、得意気な顔で言い放つ。 「ガッハッハッハ!このパンはこうして、サーカスで火を吹くためにあるのさ!」 豪快に高笑いする店主の背後でトレーを落とす音がした。そのトレーにはパンが載せられていたようで、大量に転がっている。 落とした本人は、二十歳前ぐらいに若く〝見える〟女性だ。どうやらバイト・・・・・・なのかな?目に涙をためている。 しかし、彼女の口から出た言葉は落としてしまったパンの謝罪ではなかった。 「わたしのパンは、わたしのパンは・・・・・・サーカスで使う・・・・・・燃料だったんですねぇ!!」 彼女は言いっぱなしで泣きながら走り去った。店主はかじった残りのパンをくわえたかと思うと 「俺は大好きだぁぁぁ!早苗ぇ~!」 と叫びながら屋台を飛び出していった。 「なんだったんだ・・・・・・?」 そこには呆然としたアルトとランカだけが残された。 (*) 帰りの駄賃にと、あんパンとメロンパンをせしめた(無論、代金は置いていった)2人は元の席に戻って来た。 しかし、まだフェイト達3人は戻っていないようだった。 だがすぐに彼女達の声を聞くこととなる。それも最悪の形で。 TO BE COUNTINUE・・・・・・ ―――――――――― 次回予告 暗躍するミシェル。 ベールを脱ぐなのは。 そしてフェイトとアルトの決断とは・・・・・・! 次回マクロスなのは、第17話「大宴会 後編」 本当の宴が始まる・・・・・・ ―――――――――― シレンヤ氏 第17話へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3735.html
マクロスなのは 第28話『撃墜』←この前の話 『マクロスなのは』第29話『アイくん』 ランカが悲しみの歌声を発したのと同時刻 クラナガン上空200キロメートル(衛星軌道上) 「アイくん」は困惑していた。 さっきまであんなに嬉しそうに歌っていた〝愛しい人〟が、今度は心から悲しみに満ちた歌を歌っている。腸内(バジュラ)ネットワークを通して感じる痛みに、アイくんは改めてヒトの心の痛みという物を認識した。 しかしアイくんも約1年前、フロンティア船団で起きたいわゆる『第2形態バジュラ暴徒化事件』のように、悲しみに任せて下界に広がるヒトの町を破壊しないだけの分別はあった。 でも何もしないのは嫌だった。そこで〝愛しい人〟がなぜ悲しんでいるかを思考する。喜びの歌と悲しみの歌との間にあった出来事は、極小の粒を粒子加速して目標を破壊せんとする稚拙な暴力機械である〝筒〟から出た〝線〟が、彼女の友人が乗る〝ひこうき〟に命中したことだ。直後ひこうきからは、大量のフォールド波の奔流が異空間に流れ出たが、それは関係ないだろう。 人間はよく殺し合いをするが、こと味方や友人といった人種がやられることに関して敏感だ。〝自分がいた集団(惑星フロンティア防衛隊)〟でも同僚がやられると、弔い合戦だなんだと勝手に集まってきて不必要なまでの大きな戦力でその敵をねじ伏せる。 バジュラは全体としてその感情について完璧に理解したわけではない。彼らにとっての友軍(バジュラ)がやられたことを人間に当てはめると、腕や足を失くしたという認識に近い。確かにそれなりには怒りや痛みを感じるが、結局代わりの効くものだ。 しかし、アイくんにはわからなくもないものであった。 これもまた〝自分がいた集団〟にいた時の話だ。翻訳機の開発以来、編隊長として見た目にほんの少し差別化を図っていた自分に、いつも声を掛けてきてくれる〝よく一緒に飛んでいた男(バルキリーパイロット)〟がいた。平時の彼の通信からは曰く〝ろっく・みゅーじっく〟なるものが流れており、哨戒任務中いつも 「いい曲だろ」 などど自慢されていた。 しかし彼は〝大きな好戦的人間の集団(はぐれゼントラーディ艦隊)〟との戦闘中に撃墜。亡くなってしまった。それ以来哨戒任務中などにその曲や彼の声が聞こえなくなったことは、自分にとって大きな驚きと喪失感を与えるに至っていた。 だからわかる。人間にとって仲間を失うことは、丸ごとひとつ、世界を失うことに等しいとても悲しいことなのだと。 長くなってしまったが、その友人の乗るひこうきが破壊され、同時に友人を失った事に彼女の悲しみの根源があり、筒を持ったヒトが悪らしい。結論の出たアイくんの行動は決まっていた。 『そのヒトを捕獲または殺傷する』 アイくんは戦闘用の〝特殊な電波〟をピンポイントでその地域に放射すると、赤いフォールド光の光跡を残しながら現場に急降下した。 (*) 早乙女アルト撃墜、死亡の知らせはほとんど伝播されなかった。なぜなら撃墜からすぐ、核兵器クラスの強力な電磁波ショック(EMP)とジャミングが放たれ、一帯ですべての民間の電子機器がオーバーロードし、通信がダウンしたためだ。─────これをアイくんがやったとは誰も認識できなかっただろう─────通信設備から機器まで全て民間のミッドチルダ電信電話株式会社(MTT)に依存していた管理局はひとたまりもなかった。 軍用機である六課の輸送ヘリ(JF-704式)、バルキリー、AWACSはこのような事態に対応するために、基盤レベルで対電子攻撃の対抗と強力な電子攻撃防御手段(ECCM)を行っているため、EMPでオーバーロードしたMTT製の通信機器(ほとんど全て)以外はノイズ程度でなんとかなった。ちなみに、デバイスは元々電子機器でないためまったく関係ない。 通信できないことで周囲が混乱する中、ヘリを狙撃した砲戦魔導士に対する管理局側のファーストストライクは、怒りからMMリアクター(小型魔力炉)の消耗を無視して行われたさくらの大威力砲撃だった。 「破邪剣正(はじゃけんせい)、桜火砲神(おうかほうしん)!」 詠唱破棄した集束砲は非殺傷設定で放たれ、敵へと殺到する。だがそれはミッド、ベルカ両魔法でも、オーバーテクノロジー系列でもない別系統のシールドによって弾かれてしまった。 効果がなかったと見るや、間髪入れずに破壊設定にした第2射の充填に入る。なのはのそれよりも淡い桜色を湛えたドラグノフ・ライフルの銃口。MMリアクターによって強化され、Sランク相当となったこの集束砲は撃てさえすれば、管理局の戦艦を串刺しにできるほどの出力を有していた。だがそれは〝撃てさえすれば〟である。 MMリアクターの異常加熱により、緊急閉鎖を知らせる警告音と表示がさくらの視界を瞬時に覆う。そして引き金を引く間もなく銃口に集束していた魔力球は閉鎖システムに流用され、その輝きを失ってしまった。 「こんなときに!」 敵はこちらのオーバーヒートを察したらしく、構えを解いて逃げていく。こちらが完全に追撃能力を失くしたと判断したのか、屈辱的なことに後姿丸出しで、である。逃走速度は超音速。通常のバルキリーではMMリアクターの閉鎖と修復に時間を取られて、とても追えないことを知っているようだ。だが――――― 「させない!!」 さくらは目前を覆っていたホロディスプレイの群れを腕の一閃で吹き飛ばすと、スラストレバーを目いっぱい押し出して追撃に入った。 元々Aランクのリンカーコアを保有する彼女は、機載のMMリアクターに頼らずとも、ある程度の戦闘が可能なのだ。 「止まりなさい!こちらは時空管理局です!あなた方を、市街地での危険魔法使用と、殺人〝未遂〟の罪で現行犯逮捕します!」 あれが未遂かはわからないが、どうしてもアルトが死んだとは認めたくなかった。しかし今、撃墜現場は残った天城に任せるしかない。 『また今度にしておきま~す!』 そう言いながら逃げる2人組。 焦りと怒りに燃えるさくらの瞳が、謎の赤い飛翔体を認識したのはその時だった。 「あれは・・・・・・?」 敵の召喚士の寄越した増援とも考えられたが、どうも違うようだ。そのバルキリーほどの大きさをもつ飛翔体は2本の腕から連射される青い曳光弾・・・・・・いや、ビームを逃げる2人組に放つ。ビームは少なくとも非殺傷設定ではないらしく、着弾したアスファルトを耕していく。 「ちょ、ちょっと─────!」 考えようによってはあの2人組よりヤバそうな攻撃に声も出ない。ただ1つ救いなのはここは郊外であり、道路には人影がなかった事だった。それに〝それ〟は〝決して〟建物には当てようとしなかった。 そうして目標を決めかねていると、2人組の逃走者は突然姿を消した。 「うそ!?」 通常レーダー、魔力レーダー、ジャミングのせいでノイズは酷いが共に反応なし。フォールド式の方は、ジャミングの影響かなぜか画面の全面がホワイトアウトしている。どちらにせよ行き先がわからない事実には変わりがない。 「そんな・・・・・・!」 思わず苦虫を噛んだように顔になった彼女だったが、赤い飛翔体には違ったようだ。 それは背中に担ぐ甲羅から生えた巨大な針がスパークしたかと思うと、ビームを射出した。ある世界では〝重量子ビーム〟と呼ばれるこの粒子ビームは、空中で弾ける。果たしてそこには例のシールドを展開した2人組がいた。外部マイクが1人の声を拾う。 『私の迷彩が破られるなんて・・・・・・』 実はこの時、アイくんは彼女の固有武装である〝シルバーケープ〟の光学迷彩を破ったわけではない。彼女が併用して発動させた魔力の隠密装置がいけなかったのだ。 この装置は〝フォールド波〟を応用して魔力の探知を不能にする。しかし代わりに大量のフォールド波を放ってしまうのだ。人間の使用するフォールド式レーダーでは相手側の放射量が大き過ぎてオーバーロード。一時的にホワイトアウトするはずだったので問題はなかった。しかしフォールド波を血とし、肉とするバジュラには関係ない。それどころか多すぎる放射は、よりアイくんの照準を確実なものにした。 また、ビーム出力を下げたのはアイくんの判断だ。でなければシールドなど関係なく貫通し、下界の町をも吹き飛ばしていただろう。しかし生身の人間がシールドを張るなど思っておらず、最低出力で撃ったことが仇となった。かといって出力を上げれば周囲への被害は避けられそうにない。 こうして両者が手詰まりになった所に、管理局側のセカンドストライクが入った。ヘリの急を聞いてこちらに向かっていた、なのはとフェイトが間に合ったのだ。 『トライデント、スマッシャァー!』 『ディバイン、バスタァー!』 同一直線上を対になって発砲された桜色と金色の魔力砲撃は誤たず、2人組のいた空間に着弾した。 「やったぁ!」 さくらが声を上げるが、なのはは否定する。 『違う、避けられた!』 続けてフェイトが補足する。 『直前で救援が入った。』 さくらは即座に上空で待機するAWACS『ホークアイ』に、頭部対空レーザー砲を照準。長距離レーザー通信で後を追うよう要請した。自ら探しに行かないのは、更なる懸案事項が隣に鎮座するからであった。 『・・・・・・それで、さくらちゃん。〝これ〟は何・・・・・・かな?』 なのはが油断なくデバイスを飛翔体に突きつけて、その隣を飛ぶ自分に問うた。 (*) 時系列は少し戻って三浦半島上空 そこでは勢いづいたガジェット・ゴースト連合に対してフロンティア基地航空隊の必死の迎撃が続いていた。 EMPで軌道上のAWACS及び、各機を繋ぐ統合戦術情報分配システム(JTIDS)のデータリンクを失い、乱戦になってしまっている。こうなると編隊規模ですら組織立った戦闘行動は行いにくい。参加者の誰もが相手よりよい位置に着こうと無秩序なベクトルで飛び回る空戦なら尚更である。 その乱戦の中をカナード翼も映える1機のVF-11S(指揮官機仕様)が飛翔していく。そこへ上方から飛来したゴーストがガンポッドから20mm弾を放ってくる。 「そんなとこにいやしねぇんだよ!」 ガウォークの足を展開したVF-11Sは急速に進行ベクトルを変えて回避する。未来位置を追いきれなかった敵機の火線が過ぎ去り、ゴースト自身もそのまま擦過していく。それを見届けたVF-11Sのパイロット、スコーピオン小隊隊長アーノルド・ライアン二等空尉は機体の〝足首〟を横に振って機体をハーフループさせる。続いてバトロイドに可変。狙い澄ましたガンポッドの狙撃は吸い込まれるようにゴーストの主機関に飛び込み、それを爆散させた。 バルキリー(人型可変戦闘機)という奇想天外な兵器が誕生したのは、SDF-01(初代マクロス)の本来の持ち主が巨人族である。と知れたことに端を発する。 当時、惑星間航行がやっとだった人類は慌てふためき、あらゆる局面に対応可能な装備の開発に着手した。こうして誕生したのが人型陸戦兵器(デストロイド)とバルキリーだ。デストロイドは大火力・重装甲に代表される『モンスター』やフロンティア船団で主に使われる『シャイアンⅡ』など歩兵や戦車をスケールアップしたようなオーソドックスな設計思想に基づいている。しかしバルキリーは、宇宙・大気圏内両用の軍用戦闘機から機動歩兵に変形することで多目的な任務に対応しようという野心的な兵器だった。 例えば敵陣地を制圧するにあたって、従来の方法だと、まず制空権確保のために航空機部隊が先行。対空火器や敵戦闘機を撃滅し、それから輸送機で陸戦部隊を派遣する。しかし広大な宇宙空間、さらには移動する要塞である敵母艦を制圧するにはこんな時間的余裕はない。 そこで考えた有識者達は 『ならば制空権を確保してヒマになった航空機部隊をそのまま陸戦部隊にすればよいではないか』 という結論に到達したのだ。 まったくもって無理難題に聞こえるこの結論だが、マクロスのもたらしたオーバーテクノロジーはそれをいともたやすく可能にし、開発から5年ほどで実戦に耐えうる人型可変戦闘機、『VF-0 フェニックス』や『SV-51』などを生み出した。だがこうして誕生したバルキリーは技術者や軍部が最初に想定していた以上の働きを見せた。 ライアンは即座にファイターに可変。現域を急速に退避する。すると数機のガジェットがノコノコやってきた。 (やっぱりな) バトロイドなどで減速するとガジェットは即座に集まってくる。おかげでバルキリーとは相性が良い。 彼はしたなめずりすると、鋭くUターン。慌てたガジェットが撃ってくるが、速度のついた回避運動する物体にそう簡単には当たらない。VF-11Sは密集するガジェットの中に突入する寸前にバトロイドに可変。その拳にPPBを纏わせ逃げ遅れたガジェット達を撃破していった。 数ヶ月前の演習ではシグナムとタイマンを張ったライアンにとって、これらの敵はまったく脅威足りえなかった。 そこへ、友軍からデバイスを介した短距離通信が入る。 『メイデイ!メイデイ!こちらイエロー3、ゴースト2機に付かれた!っくそ!誰か追い払ってくれ!』 ライアンの視界の端を1機のVF-1Aとゴースト数機がすり抜けていく。どうやらあれらしい。 「待ってろよイエロー3!」 ライアンは再びファイターに可変。友軍目掛けて邁進するゴーストに追いすがる。 (ったく、もっとガウォークを使えと教えただろうに!) ファイターでエンジン全開、がむしゃらに振り切ろうとする友軍にライアンは舌打ちする。 そう、バルキリーが手に入れた付与機能、それは変形である。空戦において形態を変えることによって得られる恩恵は計り知れない。大気圏内で変形することで急激なエアブレーキをかけることも可能であり、腕や足を大きく振って、その反作用で推進剤をなるべく使わずに旋回できる。また、魔導士のように武装をその腕に保持することで随時広い射角を得、足先の推進器を振り回すことで推進モーメントを変え、あらゆる方向への加速を可能にする。 その最たるものがファイターから腕と足だけを展開したガウォークという形態だ。 開発の過程おいて偶然発見されたこの形態は、一見不恰好にも見えるがその用途は十二分に広い。推進モーメントを下に集中する事によってホバリングしたり、前方に大きく足を振り出して急停止するなどのポピュラーな使い方だけではない。ある程度の速度を保ったままその腕に握る武装で全方位を射軸に収め、足を振ることで、空中においてファイターでもバトロイドでも得られないヘリのような高機動を実現することができる。 VF-0、VF-1と乗り継いだ撃墜王ロイ・フォッカーやマクシミリアン・ジーナスなど黎明期のエース達によってこの形態の運用方法は昇華され、バルキリーの代名詞とも呼ばれるに至っていた。 しかしライアンもアルトから同じような叱責を受けていたことを思い出し、『まぁ、最初はみんなこんなもんか』と経験不足な2期生に視線を送り、ゴーストを流し見た。そして瞬時に未来位置を予想すると、ガウォークでフィギュアスケートのように空を〝滑り〟、まるで魔法のように友軍とゴーストの間に割って入った。 「喰らえ!」 ガンポッドを斉射。2機の内1機の主翼に、赤い曳航を引く30mm弾が吸い込まれるように着弾して、制御不能に陥ってキリモミ落下していった。もう1機のゴーストがライアンを横切る。 「逃がさん!」 ライアンは両翼のMHMM(マイクロ・ハイ・マニューバ・ミサイル)を照準、連続発射する。都合6発ものMHMMが音速の5倍という圧倒的な速度で飛翔し、目標に接敵した。 包む爆煙。 「・・・・・・他愛ない」 彼は撃墜を確信して再び索敵に戻ろうとする。だが次の瞬間には地獄の蓋を開けたような凄まじい音と衝撃が機体を揺らし、次には爆音が轟いた。 「なん、なんだ!?」 機位が乱れてキリモミ落下を始めようとする機体を抑え込み、出力に任せて退避する。 多目的ディスプレイに表示される転換装甲のキャパシティは大幅に削られていた。 「いったい誰が!?」 後ろを振り返った彼の目に映ったのは、先ほど撃墜したと思ったゴーストだった。しかしよく見ると、ゴーストの追加装備であるガンポッドどころか外装されていたミサイルランチャーもなくなっている。どうやらこちらのミサイル回避のために装備を全てパージ。囮としたらしい。 「なんて思い切りのいいヤツなんだ!」 ライアンは思わず感嘆の声を上げた。その間もゴースト内蔵の20mm機関砲(以前は魔力素粒子ビーム機銃だったが、対ESA弾を装備するために換装された)とマイクロミサイルの嵐が彼を襲う。 彼は機体を操作してなんとか振り切るが、そいつは用意周到だった。回避した先にすでにミサイルが撃ち込まれていたのだ。対応する間もなく着弾。機体を再び激震が襲った。 (*) (なんだ。俺もやればできるじゃないか) こちらの攻撃を叩き込まれて満身創痍になった敵エース級バルキリーを眺めてユダ・システムである彼は満足した。 (小細工を使おうとするからいけなかったんだ。俺はユダ・システム、直接戦闘なら人間なんかに劣らん!) 彼は自信を取り戻し、それを見下ろした。 (*) 機体の被弾アラートがコックピットに鳴り響き、何かが焼けたような刺激臭も鼻をつく。目前の多目的ディスプレイなど〝本機は撃墜されました。脱出を推奨します〟と告げる始末だ。 しかしエンジンはなんとか稼働しているし、ライアンもその闘争心を失っていなかった。 彼は機体のシステムを再起動して正確な被害状況を把握し始める。 ガンポッド以外の武装は使用不能。レーダーはブラックアウト。『アクティブ・ステルスシステム』、『アクティブ・空力制御システム』、『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』などは軒並み沈黙していた。 しかし奇跡的にエンジンも変形機構も生きていた。 ライアンは顔を上げると、先ほどのゴーストを探す。それはまるでこちらを見下ろすような格好で無防備な機体の腹を見せていた。 (勝ち誇ってやがる・・・・・・) 本能的に彼はそのゴーストが無人機であるという先入観を捨て去った。無人機はそんな無駄な機動は行わないし、結果的にそれは正しかった。 ライアンは煙幕発生機(スモークディスチャージャー)から黒煙を吹き出させ、スラストレバーを絞って機体をふらふらと降下させた。すると彼の狙い通り故障で動きが遅くなったと見たゴーストは、ミサイルでなく機銃でトドメをさすために悠々と接近してきた。 「(かかった!)全ミサイルセーフティ解除!」 EXギアになったデバイスに命令を発して、ミサイルの信管を活性化させる。そしてゴーストの放った火線を、バトロイドに可変して紙一重で回避。そのままバトロイドの腕でパイロンに装備されていたミサイルランチャーを無理やり外して、ゴーストに投擲した。 「今だ!」 ライアンの指示と同時に遠隔操作によってランチャーに残っていたMHMMの全弾12発、都合大容量カートリッジ弾計96発が強制撃発。強力な魔力爆発が気流をかき乱し、敵ゴーストの機位を失わせた。 「当ったれぇ!」 ガンポッドが必殺の30mm弾をばらまく。照準器がイカれたため狙いはテキトーだ。 だがさっきのライアンのように勝利を確信した〝人〟は、敵の突然の反撃には脆いものだ。ゴーストはまるで人間のように驚いた挙動を見せると、逃げていった。 駆け付けた友軍機がそれを追撃していく。ライアンも追撃しようとスラストレバーを上げるが出力が上がらない。どうやら機体は本当に限界らしかった。彼は機体を降下させると、なけなしのエンジン噴射で三浦半島に着陸した。 「ふぅ・・・・・・」 思わず安堵のため息をつくが、機体の可変機構はバトロイドで固定されて、とても空戦には耐えられそうになかった。 (さてどうするか・・・・・・) そう考えながら後ろを見ると、大規模な黒煙が幾重も空に延びていた。それら黒煙の出どころは・・・・・・民家にしか見えなかった。 (畜生!これだから防衛戦は!) 吐き捨てる間にも彼の近くにゴーストが墜落。紅蓮の炎が無傷だった民家を包んだ。 「なんてこった!」 ある理由のため住民達は、家屋の内部から逃げていない可能性が高い。 そのままバトロイドで接近すると、外部マイクが声を拾った。 『お願い!─────を助けて!』 「何だって?」 ライアンはその民家の2階から、煙を避けるように叫ぶその少年をマニュピレーターで助け、コックピットに入れる。 「何だって?」 繰り返された質問に少年は必死に答えようとするが、泣き声になって聞き取れない。ライアンは彼を安心させるように抱くと、「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせた。 そうしてようやく得られた情報は、あの民家の二階にいるこの子の母親が、倒れてきた家具に挟まれ脱出できないという事だった。 「わかった。大人しくしてろよ」 ライアンは少年を後部座席に座らせ、バックドラフトが起こらぬよう細心の注意を払いながら民家の壁を破壊する。しかし内部はすでに黒煙にまみれて、バルキリーからではそれより先が見えなかった。 「仕方ないか・・・・・・」 彼はキャノピーを開いてEXギアで内部に飛翔する。バリアジャケットとして機能するこのEXギアは気密が保たれており、この黒煙の中でも酸素マスクなしで入れた。 そして少年の情報を頼りに彼女を探すと、すぐにみつかった。しかしすでに大量の煙を吸い込んで意識不明だった。 「今助けるからな!」 EXギアのサーボモーターは彼の力を数倍にまで増幅し、その家具─────タンスを軽々持ち上げた。 (*) 「ありがとうお兄ちゃん!」 「ああ。次からはお前がお母さんを守ってやれよ」 「うん!」 元気よく頷く少年。その後ろでは担架に寝かされ人工呼吸器を付けられた母親が『ありがとうございます』と小さく頭を下げていた。そしてすぐさま後部ハッチが閉められた救急車は病院へと走っていった。 しかしライアンの活動は終わってなかった。後ろからかけられる声。それを発したのは災害出動していた陸士部隊局員だった。 「あのバルキリーはお前さんのか?」 陸士の指先が道路の真ん中で片膝を着いて沈黙するVF-11Sに向けられる。 「そうだ。すまない、邪魔だったか?」 「いや、重機が入れない場所があって手伝ってもらいたいんだ。大丈夫か?」 「了解した。誘導してくれ」 そう告げるとEXギアを介さない浮遊魔法で離床。続いてEXギアのエンジンで飛翔すると、頭部からコックピットに飛び込む。EXギア固定と同時にエンジンが始動し、ディスプレイとライトに光が灯っていく。 「基地に戻ったらオーバーホールの続きをしてやるから、もう少し頑張れよ」 彼の呼び掛けに応えるように、多目的ディスプレイに〝READY〟の文字が躍った。 (*) アルト撃墜後20分をピークに敵が撤退していく。 ヴァイスからAWACSからのレーザー通信によって戦闘が終わったとの知らせに、歌うのをやめ、ヘリのイスに座り込む。とても撃墜現場を返り見る勇気は出なかった。 コックピットから悲鳴が聞こえたのはその時だった。 「・・・・・・どうしました?」 しかしヴァイスには見たものをどう表現していいかわからないらしく 「すまない、来てくれ」 と返してきた。 (なんだろう・・・・・・) そうお思いつつも、重りでも付けられたのではないか?と思う程重い腰を上げ、キャビンからコックピットに向かった。そこで見たものは、なのはとフェイトによって幾重ものバインドで固められた成虫バジュラの姿だった。 「アイ、くん・・・・・・?」 何故だかわからないが、一瞬でわかった。そうわかるとデバイスを再起動し、マイクでなのは達に呼び掛ける。 「バジュラを、アイくんを放してあげて!」 フォールド波を介した声は即座になのは達の元に届く。なのはは拘束をフェイトに任せると、こちらへ飛翔してきた。 「ヴァイスさん、後ろのハッチを開けてください」 「お、おう」 ヴァイスの操作によって後部ハッチがモーターの軋み音とともに開いていき、吹き込んでくる冷たい強風に交じってなのはが乗りこんでくる。 「アイくんってリスみたいのじゃなかったの?それにバジュラって危ないんじゃ─────」 走り込んできたこちらになのははそう言い訳する。言い分を聞く限り、どうやら情報の伝達に齟齬があったようだ。 「アイくんは・・・・・・ううん、バジュラはね、そういう悪い生き物じゃないの!」 気が付くと必死にバジュラを、そしてアイくんを弁護していた。惑星フロンティア奪取作戦で、そして1年とアイくんと過ごした半年余りで知りえた〝バジュラ〟という生き物を。具体的にはアイくんはバジュラであり、手乗り小動物だったのは1年以上前の話であること。でもバジュラは決して好戦的な悪い生物ではなく、以前人間を襲ったのは誤解であり、自己防衛であったことなどなどだ。 (これ以上なにも失くしたくない!) その思いでいっぱいだった。 時空管理局には極端に保守的なところがある。一度危険と思うと、もうその判断はめったなことでは覆さない。例えば元夜天の書の主、八神はやても実は今でも完全には信用されてなかったりしている。 この世界に来て日も浅く、少しおこがましいと思うが、彼女がいない会議の席で何度か庇ってあちらの無理な命令を撥ねさせたり、こちらの要求を通させたりしていた。はやてもそれを知ってか知らずか、よくしてくれているので、お互い持ちつ持たれつなのだと思ってる。 管理局に青春を捧げる少女ですらそんな扱いなのに、アイくんは管理局にとっては質量兵器にしか映らないだろうし、その行動を理解してくれない可能性が大いにある。なにしろあのOT、OTM(オーバー・テクノロジー、オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)を結集したようなギャラクシー船団を壊滅させた生き物なのだ。その噂は何人か来ているという第25未確認世界の住人から筒抜けだろうし、最悪殺処分、もしくは厳重に封印されてしまう。アイくんにそれに抵抗するななどとはとても言えない。となるとそれまでに管理局側に壊滅的打撃を与えるであろうことは自明なことだった。 アイくんだけでなく六課のみんななど、失いたくないものは無数にこの世界にもできてしまっていた。 真剣に安全を主張するこちらに根負けしたのか、なのはが頷く。 「・・・・・・わかった。でも念のためバインドは外せないよ」 「それは仕方ないかもしれませんね・・・・・・」 そしてなのはとフェイトの監修の元、ヴァイスに頼んでヘリを寄せてもらう。 「アイくん、私だよ!わかる!?」 渾身の声で呼びかけるが、腰に付けた命綱でお腹を押さえられて声はまともに出ないし、ヘリのローター音で自分の耳にすら届かない。しかしフォールド波を通して感じたのか、アイくんは唯一動く首をこちらへと動かして応えた。 直後、腸内(バジュラ)ネットワークを通じてアイくんの感情が流入してくる。それは「会えて嬉しい」という類いのものだった。 (よかった・・・・・・いつものアイくんだ) そんなかつての小動物に愛くるしさが込み上げ、その頭を撫でようと手を置いた。 驚くべき事態はその瞬間訪れた。 光る手首。 そこにつけられたブレスレット型のデバイス『アイモ』が勝手に稼働を始めたのだ。 「・・・・・・え?」 血を抜かれるような肌寒さを伴って魔力が強制的に引き抜かれ、自分の魔力光であるエメラルド色の光がアイくんを包み込んでいく。 「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」 デバイスに問うが、デバイス側は念話によって『I can t answer.(解答不能)』の音声を繰り返すだけだった。 (*) エメラルド色の眩い光がアイくんを包み、その姿が完全に隠れてしまう。 一同固唾を飲んで見守る中、その光が突然四散した。しかしそこにいるはずのアイくんの姿はなく、金色と桜色のバインドが空中に空しく漂っているだけだった。 (消滅?) 誰もが息を呑んだが、本当は違った。 「・・・・・・ん、あれは─────」 フェイトが何か見つけたのか、超高速移動魔法を起動し急降下。そして「キューッ」と鳴く〝何か〟を、地面に落ちる寸前に抱き止めた。 「・・・・・・あら、あなたがアイくん?」 腕の中で丸くなった緑色した生物は、間違いなく、かつての手乗り小動物の姿だった。 ―――――――――― 次回予告 燃え上がる市街地 出てしまった死傷者 救助活動に参加したスバルは何を思うのか? そして八神はやては、なぜ戦線に参加しなかったのか? 次回マクロスなのは第30話『アースラ』 「本艦をバルキリー隊の移動航空母艦として運用する!」 ―――――――――― シレンヤ氏
https://w.atwiki.jp/onlinehero/pages/75.html
トップページ データベース 地域/地図 フォーラム サイトについて コスチューム 鎧(コスチューム)は、男共通アイテムと女共通アイテムの2種類があります。 入手方法の「ミ」はミント購入、「ガ」は英雄ガチャ、「イ」はイベント、「合」は合成、 「本」はファンブック、「終」は販売終了を表します。表示が薄くなっているところは各当しない部門です。 「ステ」は装着に必要なステータス(力、敏捷、知力)を表します。 特殊防御の「毒」は毒防御、「麻」は麻痺防御を表します。 「:SET」はセット効果タイプを表します。 「!」は時間制アイテムと装着の制限時間を表します。 「s」は秒、「m」は分、「h」は時間を表します。 「Lv」は装着に必要な内功を表します。 絢爛 壮麗 東方 東明 金連 羅漢 紅武 四天 兜・冠 鎧 靴 面 名前 重さ Lv 入手方法 男物 女物 体力 気力 体・気力回復速度 →売っている店 →モンスター 特殊 ■鎧(コスチューム)■ 絢爛 重さ Lv ミ|ガ|イ|合|本 体力 気力 体・気力回復速度 →売っている店 →合成材料 -- 壮麗 重さ Lv ミ|ガ|イ|合|本 体力 気力 体・気力回復速度 →売っている店 →合成材料 -- 兜・冠 鎧 靴 面 絢爛 壮麗 東方 東明 金連 羅漢 紅武 四天 ▲戻る
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1429.html
番外編その一「馬鹿騒ぎのレディーズ’バス」 機動六課隊舎内 大浴場 ここは、はやての要望により建設され、つい最近完成したばかりの設備である。 ちなみにその経費は、はやてがクロノを脅s…ゲフンゲフン、説得して捻出したとかしないとか。 まぁそれはさておき―― 「いっちばーん!」 夜九時、訓練と仕事を終えたスバル達が浴場に入ってきた。 「スバル、お風呂場で走るんじゃないの!転ぶわよ!」 「へーきへーき…ってあ痛ぁっ!?」 濡れたタイルに足を取られ、スバルは派手に後頭部を打った。 「言ってる側から…」 「あはは…」 呆れ返るティアナと苦笑するキャロ。 「う~、頭がバカになったらど~しよ~。」 涙目で頭を押さえているスバル。 「心配ないわよ、もうなってるから。」 歯に衣着せず言うティアナ。 「ひどいよティア~…」 「いーから早く入んなさいよ。いつまでそこにいる気?」 「う~…」 体を流した後、湯船に浸かる3人。 「「「ほ~~~~。」」」 のんびりと湯に浸かり、同じ声を出す。 「お風呂って良いですね~。」 キャロが緩みきった表情で言う。 「ホントね。最初は慣れなかったけど、シャワーよりずっと良いわね~。」 「仕事とか訓練の疲れを取るにはもってこいだよね~。…ところでティア。」 急に隣りにいるティアナに話かけるスバル。 「何よ?」 「思うんだけどさ…」 そして素早くティアナの背後に回り 「またおっきくなったでしょ?」 その胸を揉みまくるスバル。 「何やってんのよアンタはーー!!」 「やっぱりそうだ。前より柔らかい。」 「シカトすんなっ!早く離れなさいよ!」 「んーこれはD、もしくはそれ以上かな?」 「離れなさいっての、このバカスバル!!」 誰もいないのを良いことに騒ぎ立てるティアナ達。 だが彼女達は、物陰から自分達を見詰める視線に気付いていない… (ぐふふふ。いいねいいね~、眼福だぜこりゃ。) その視線を放つのはもちろんあの男、希代のエロ男にして歩くワイセツ物、クルツ・ウェーバーである。 何故コイツが全くバレずにここにいるのかというと、M9にセットされている魔法の一つ“ECS”(電磁迷彩)を使用して透明化しているからだ。 しかもクルツはスナイパーという仕事柄、気配を消す術に長けているので尚更バレないのだ。 (大浴場の完成を待ち続けた甲斐があったな。俺は今日、この光景を一生、目に焼き付ける!!) 間違った方向に情熱を燃やす男だった。 カラカラカラ 大浴場の扉が開き、隊長組が入ってきた。 「二人とも何を暴れている。風呂では静かにするのがマナーだぞ。」 シグナムが二人の様子を見て咎める。 「「すいません…」」 ショボンとうなだれる二人。 「まぁまぁシグナム、そう怒らなくても。二人も悪気があった訳じゃないだろうし。」 フェイトがフォローを入れる。 「お前は部下に甘すぎるな、テスタロッサ。 まぁいい、我々も入るとしよう。」 「はやてちゃん、後でリインが背中を流してあげますです~。」 「うん。お願いするで、リイン。」 「はいです♪」 「ヴィータちゃん、後で頭洗ってあげるよ。」 「別にいいよ。一人でやるからよ。」 「そう言わずに♪」 「あたしの髪をいじくるな!」 そんなヴィータを見てくすくすと笑うなのは。 (うひょっ!!部隊長達のナイスバディまで! 今日は人生最高の日か!?) 予想外のハプニングに大興奮のクルツだが、その思考は冴え渡っていた。 (シグナム姉さん、フェイトちゃん、ティアナちゃんは予想通りのデカさだな。 なのはちゃんとはやてちゃん、スバルは次点だが形が良いな。 ヴィータとキャロ、リインは…まあ今後かな。しかしああいうスレンダーもまた…) エロオヤジ思考全開で品定めするクルツ。 人として末期だった。 「それにしても、さっきはなんで騒いどったん?」 何気なくティアナに質問するはやて。 「スバルがまーたセクハラしてきたんですよ。人の胸を揉んで…」 そこまで言ってティアナはハッと気付く。 はやてが黒い笑顔を浮かべている事に。 「ほ~~。そういや私、最近は忙しくてそーゆー事しとらんかったな~。」 意味ありげな発言を聞いたなのは、フェイト、シグナム、ヴィータは瞬時に危険を察知してその場から離れようとするが、はやてはそれを上回る速度で接近し、 「きゃっ!」 「ひゃっ!」 「あうっ!」 「うひっ!」 瞬く間に四人の胸を揉み終えた。 「ふむふむ、なのはちゃんとフェイトちゃんは前よりええ感じや。 シグナムのゴージャス感とヴィータのぺったり感は相変わらずやけどグッドやで。」 「あの速さで四人の胸を揉んで、さらには評価まで下すなんて…!」 「感心してる場合じゃないですよスバルさん!このままじゃ次の標的になるのは…」 「さ~て、今度はフォワード陣やな~。今日は特別にリインも揉んだげるで~。」 「え、遠慮しますです~~~!!」 そして響き渡る乙女達の悲鳴。 セクハラ魔人はやての独壇場だった。 (ぬおおおーー!!もうたまんねえーー!!!)鼻血を流しながらそれを見るクルツ。 だが、彼の幸運はここまでだった。 ECSは非常に魔力を食う魔法なのでクルツから直にではなく、デバイス内のコンデンサに貯めた魔力を使用するのだが、長時間の使用により残量が僅かになってきたのだ。 (ちっ、もう時間か。それじゃ最後に至近距離から…) しかし、湯船に近付くクルツの足下には先程の騒ぎで湯と一緒に流れてきた石鹸が。 (都合良すぎと言いたければ言ってくれ) クルツは当然それを踏んでしまい、思いきりすっ転ぶ。 「ぐおっ!?」 「何?誰かいるの!?」 クルツの上げた声に反応し、全員がこっちを向く。 (やばい!急いで撤退を…) 立ち上がり出口へ向かおうとするクルツだったが、丁度その時M9が 『コンデンサ内の魔力、エンプティ。ECSを強制解除します。』と告げた。 そして露わになクルツの姿。 「…クルツ君?」 やけに低い声で言うなのは。 「ふーん、クルツ君覗きしてたんや~。」 目が笑ってない笑顔で言うはやて。 「これはちょっと、許せないね…」 怒気を含んだ声で言うフェイト。 「覚悟の上での行動だろうな、クルツ?」 修羅の形相で言うヴィータ。 そしていつの間にか、全員がデバイスを起動し、包囲網を狭めてくる。 「ち、違うんだ!これはその…そう!魔法の使用テストで…」 「へー、魔法のテスト?ほな皆、私らも攻撃魔法のテストしよや。 内容は『非殺傷設定の威力限界を知る』で、的にはクルツ君がなってくれるそうや。」 「りょうかーい。」(×8) その言葉に戦慄を感じたクルツは逃亡を試みるが、踏み出そうとした足は氷で固定されていた。 「何っ!?」 「逃がしませんですよー♪」 リインフォースⅡの「凍て付く足枷」だ。 「さてウェーバー、制裁を下す前に、何か言い残す事があれば聞いてやるぞ?」 レヴァンテインをシュツルムファルケンの形態にしてシグナムが言う。その顔には一片の憐れみもない。 他のメンバーもすでに魔力チャージが完了している。 処刑の準備は出来ている、といった感じだ。 「…出来ることなら…」 観念したように俯いていたクルツが、ぽつりと言う。 「ん?」 「出来ることなら、俺がこの手で皆の胸を触りたかったあーーーーっ!!!!」 絶叫するクルツ。 「「「「「「「「「死ね!!」」」」」」」」」 ドゴォォォーーーン!!! 発射された色とりどりの魔力の奔流はクルツを飲み込み、壁をブチ破って突き進む。 「エロスは正義だぁぁーー・・・・」 そしてクルツは夜空の星の一つとなった。 「ふぅ、これで悪は滅んだね。」 なのはの言葉に一息つく一同。 だがその直後 ガシャーン! 出入口の扉が蹴破られ、そこから飛び出す影が一つ。 「全員無事か!!敵はどこだ!?」 ショットガンを構えた宗介が言う。 その場の空気が数秒間停止する。 しかし、すぐに自分への殺気の篭った視線を感じ取り、脂汗を流す宗介。(いかん…良くない…。この状況は非常に良くない…) 「主、いかがなさいますか?」 シグナムがはやてに尋ねる。 「状況はどうあれ、見た事に変わりないしな。おしおき決定や。」 そして再チャージされる魔力。 「待て!俺は…」 「「「「「「「「「問答無用!!」」」」」」」」」 ズドォーーーン!! クルツ同様に吹き飛ばされる宗介であった。 ああ、この哀れな軍曹に幸あれ… 終わり 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3655.html
マクロスなのは 第20話『過去』←この前の話 『マクロスなのは』第21話「サジタリウス小隊の出張」 1700時まで準警戒態勢を維持していた防衛部隊だが、結局ホテルでは異常は見られず、1800時をもって全ての部隊が帰投を開始した。 その内六課は陸路ではなくヘリで帰投したため、隊舎には1930時ごろ到着した。 機動六課の隊舎屋上に設けられたヘリポートには到着した輸送ヘリと、隊長達の話に傾注するフォワード陣の姿があった。 「みんなお疲れ様。私は現場にいなかったけど、みんなの頑張りは陸士部隊の人達から聞きました。『今すぐにでもうちの部隊にに欲しいぐらいだ!』だって」 それを冗談と受け取った前線の4人は顔を見合わせて笑った。 実はある小隊の隊長が言っていた本当のことだったりするが、そこは大して重要なことではないのでスルーし、フェイトが続ける。 「今日は明日に備えてご飯食べて、お風呂にでも入って、ゆっくりしてね」 「はい!」 直後の解散の命令と共に前線の4人は、宿舎へとワイワイ騒ぎながら引っ込んで行った。 そこに空から爆音が轟いて来た。 「バルキリー隊・・・・・・かな?でもこんな遅くに低空飛行なんて・・・・・・」 バルキリー隊は6時以降市街地では5000メートル以下の飛行は、騒音による苦情が多発するので敬遠されていた。 「レイジングハート、どこの機体かわかる?」 『They are the Sagittarius platoon to Frontier air base.(彼らはフロンティア航空基地のサジタリウス小隊です)』 それを聞いたフェイトはさらに首を傾げる。 「サジタリウス小隊?アルトくんの小隊がどうして?」 「ああ、フェイトちゃんにはまだ話してなかったね。明日から3週間、私がさくらちゃんの戦技教導をやることになったの」 「・・・・・・そうなんだ。でもなのは、少しハードワーク気味じゃないかな?大丈夫?」 「うん、朝が少し早くなるだけだけだから」 なのはは言うと、ロングアーチスタッフに通信を入れ、眼下に見える滑走路の夜間発着灯を点けさせた。 (*) アルト以下サジタリウス小隊の3機は夜間発着灯に従ってファイターで着陸した。3人は機体から荷物を降ろすが入場の許可がまだ降りないため、その場で待機する。 「やっと休める・・・・・・」 天城が機体の近くで大きなボストンバックに腰を降ろし、これまた大きく伸びをしている。 8時間に及ぶ警備任務からフロンティア航空基地に帰還。即座に荷造りして六課に飛ぶという離れ業をしたのだ。疲れるのも無理はないと言えた。 アルトは自らの愛機を振り返る。今は近所迷惑なためエンジンを止めてしまっているが、荷造りの間に簡単な点検・整備は行ったため、エンジンから空調まで正常に動作していた。 「しかしやっぱり暑いな・・・・・・」 気付くと手をヒラヒラしながら服をパタパタ。天城やさくらも同じようなことをやっていた。 8月であるここクラナガンでは、日中最高気温38度という酷暑日が続いていた。 バルキリー内部では冷房がついていたし、ホテルのある軽井沢は涼しく適度な気温が保たれていた。 しかし今、クラナガンは暑い。 また、警備任務で消耗した魔力の回復を早めるために温度調節機能も付いた厚さコンマ数ミリのインナースーツ型バリアジャケットを着用していないのだ。 そんなこんなでバテバテになった3人に連続した爆音と共に、空から声がかかった。 『おーい、アルトく~ん!』 ・・・・・・本人に自覚はないようだが、ランカ用の大型フォールドスピーカーで大きくなったなのはの声はヘリの飛行音なんかに負けないぐらいの超大音量だ。フォールドスピーカーなのでヘタをすれば周囲4、5キロに響き渡ったかもしれない。 ヴァイスのヘリはそのまま降下。なのはを後部ハッチから降ろし、格納庫へそのまま滑るように入っていった。 どうやらヘリをヘリポートから格納庫に移動するついでになのはを送って来たらしかった。 「アルトくん達早いね。私達はさっき着いたばっかりなのに」 「まぁ、ヘリじゃ仕方ないだろ」 ヴァイスの『JF-704式・汎用大型輸送ヘリ』はノーター式で、ローターが1基しかないが、最大積載時でも巡航速度が時速150キロメートルというそこそこ優秀な機体だ。これは2カ月前にエンジンが熱核タービンに換装されたためで、デフォルトの内燃型エンジンだと速度を維持できない。 しかし超音速巡航できるバルキリーは今回の片道行程にして360キロという距離でもマッハ2で10分弱しか掛からなかった。 「許可は貰ってきたから入っていいよ。それと機体の方は、明日にはこの格納庫の受け入れ準備が終わると思うから、それまでここに停めておいてね」 なのはが先程ヘリが入った格納庫とは別の、明かりの灯っている格納庫を示す。 今回のサジタリウス小隊の六課での合宿は表向きにはバルキリー隊の六課への出張ということになっている。 クラナガンから200キロ以上離れたフロンティア航空基地(我々の世界で言うと静岡県の浜松にある)は部隊が緊急スクランブル発進しても到着が六課と数分遅くなる。 またCAP任務(武装して上空待機。有事の際は即座に迎撃する役どころ)に就く小隊も、今後経験の浅い2期生が多くなる。そこで六課にサジタリウス小隊を無期限で試験的に置き、その防衛力を計るという名目だった。 そのために明日には各種武装と小隊付きの数名の整備員が陸路でやってくる予定だ。バルキリーや彼らのためにも格納庫は空けなければならなかった。 「わかった。・・・・・・よいしょっと。さくらに天城、行くぞ」 振り返ると天城が 「うぃーす」 などと返事を返しながら荷物を持ち上げており、さくらも重たい荷物にフラフラしながらやってきた。 「世話になるな」 続いて後ろからも 「よろしくお願いします!」 という2人の声が聞こえる。なのははそんな3人に笑顔を作ると、 「うん。六課にようこそ」 と迎えた。 (*) その日は軽く部隊員達に挨拶してまわると、各自にあてがわれた部屋で死んだように熟睡した。 (*) 次の日 アルトはメサイアのアラームで目を覚ました。 午前5時。 空はほんのり明るく、〝チュン、チュン〟という鳥のさえずりも心地よい。 彼は身支度を済ますと、昨日さくらと約束した集合場所、ロビーへと向かう。 「おはようございます。アルト隊長」 すでに待っていたさくらが敬礼する。 聞くと(アルトに比べて)あまり寝てなかったという。だが 「あこがれのなのはさんの教導が受けられるなんて・・・・・・」 と、その顔は天にも登らんと輝いていた。 しかしなのはから教導されていた時期のあるアルトは一言 「まぁ・・・・・・頑張れよ」 とだけ言った。 (*) 外に出ると昨日は暗くてわからなかったが、六課の施設には変化が数多くあった。 例えば、地面には芝生で偽装された大きな装甲シャッターがいくつか埋設されていた。 「なんでしょうか?」 さくらが怪訝な様子でシャッターを指さす。 「避難用のシェルター・・・・・・は違うな」 軽く見回してみると同じようなシャッターが5つほど視界に飛び込んでくる。 こんな狭い範囲にシェルターを集中させるのはナンセンスだし、それを本気で偽装するつもりがないようで、ちょっと注意すれば上空からでも簡単に見つけることが出来るだろう。 (敵に見つかっても構わない施設なのか?) 結局その場では分からず終いであった。しかし訓練場への道すがら、1つのシャッターが建造中だったために、その恐ろしい正体がわかった。 「み、ミサイルファランクスVLS(垂直発射機)・・・」 そこにはずん、とまさに地面に埋設されんとするミサイルランチャーがクレーンの先に居座っていた。 ミサイルCIWSシステム(ミサイル型の近接防衛火器システム。多数の誘導弾を斉射して物量で敵を迎撃するシステム)だとすると、大きさから考えて瞬間発射能力は10を下らないだろう。また格納式のため再装填も自在だろうと思われる。 それがここから確認出来るだけでも5基あった。 どうやら自分のいた頃に計画された自動迎撃システム計画は現在も進んでいるらしい。 敷地の端には全方位バリアであるリパーシブ・シールド発生用の中継機も確認できる。 また逆に昔はあった電線が今確認できないため、大型反応炉もすでに埋設されているかもしれない。 一定レベルの自活自営機能を備え、強力な自衛装備を施した基地。人はそれを───── 「六課ってすごい〝要塞〟なんですね・・・・・・」 アルトは、さくらのセリフに苦笑いするしかことしかできなかった。 (*) 「おはよう。2人とも」 訓練場に着くと、朝早くにも関わらず教導官の制服を着て訓練の準備に勤しんでいたらしいなのはが迎えた。 「おはようございます!高町教官!」 さくらが〝ビシッ〟っと敬礼する。 「うん、おはよう。でもさくらちゃん、表向きには私はあなたの教官じゃないし、いつも通り〝なのはさん〟って呼んでいいよ」 「は、はい。なのはさん」 言い直すさくらを横目に、端末の操作をやめたなのはに尋ねる。 「それで訓練は何をするんだ? バルキリーを使うなら持って来なきゃいかんが・・・・・・」 「私の教導にはバルキリーは使わないよ。さくらちゃんは十分使いこなしてるみたいだから教える事はないし、第一、こんな朝早くにエンジンを回したら近所の人に怒られちゃうよ」 六課の隊舎のある場所は開発が進んだ埋立地から1kmの連絡橋を隔てた海上に位置する。そしてその埋め立て地は立地条件がいいため、民家が多くなっていた。 「それもそうだが・・・・・・ならどうするんだ?」 「うん。わたしね、アルトくんのところのシミュレーターを何回かやってわかったの」 なのははこの3カ月、技研と基地にお忍びでやって来て、シミュレーターで遊び─────もとい、研究していた。 「このシステムの凄さが」 彼女は言うと、首に掛けた宝石に願う。 「レイジングハート、セットアップ」 『OK,set up.』 辺りに一瞬桜色の光が包み、2人は目が眩む。そして光が収まったとき、そこにはいつものなのははいなかった。 身長は2メートル以上になり、その鋼鉄の掌(てのひら)は人の頭ほどもある。 人を熊と対等以上に戦わせることができ、飛行することも可能なパワードスーツ、EXギアがあった。 それはヘッドギアを〝ひょい〟と上に上げると、着た者の顔をのぞかせた。 あれからよほど練習したらしい。その挙動に無駄やためらいはなかった。 「EXギア、すごいよね。これさえあればバトロイドなんてへっちゃらなんだから」 EXギアシステムは2050年頃開発され、最近になってやっと制式化されてきた技術体型だ。 これはVFとのインターフェイスの改良及び標準装備化による脱出時のサバイバビリティ(生存性)の向上を主眼に開発された。 空を最大時速500キロで飛び、地上でも舗装されていれば時速55キロで走行できる。 また、もっとも特徴的なのがガウォーク・バトロイド形態の時のインターフェイス機能だ。これによって操縦者はバルキリーを〝着ている〟感覚で操縦できる。 つまりEXギアでダンスが踊れるならば、まったく同じことがバルキリーでもほとんど練習なしでできるのだ。 「私が教えるのは魔導士の機動法。つまり人型の機動法。だからこのEXギアで練習してできるならバルキリーでもそのままできるはず。さすがに可変を加えるとどうなるかわからないけど、そこは─────」 なのはは2人にウィンクする。 「なんとか自分逹で昇華してね」 「はい!頑張ります!」 さくらは再び敬礼した。 (*) 「さて、早速始めようか。まずEXギアに着替えてみて」 なのはに促され、さくらは首から提げたペンダントを取り出す。 それの先には聖王教会で腐るほど見た大きく翼を広げた鳥が象られており、それが彼女のデバイスだった。 さくらはそれを掲げると同時に宣言した。 「『アスカ』セット、アップ!」 すると彼女をなのはより白に近い桜色の光が包む。これが彼女の本来の魔力光だ。 普段バルキリーや陸士によく見られる青白い魔力光は、MMリアクター(疑似リンカーコア)や量産型カートリッジ弾などに封入される人工的に作る魔力の共通の魔力光だった。(本当に青白い魔力光を持つのはバルキリー隊ではアルトだけ) なお封入される魔力はその99、999%ほどが魔力炉より抽出されたものだが、必ず人のリンカーコアで作られた本物の魔力が混ぜられている。人工の魔力だけでは物理的に何が足りないのかわかってはいないが、魔法を発動できないのだ。 おかげで現在人間を介さずに機械だけで完璧な魔力を生成する技術は開発されていなかった。 さて、眩い桜吹雪が晴れた時、そこには長大なライフルを両腕でしっかり保持したさくらのEXギア姿があった。 このライフルは第97管理外世界の『M82 バーレット』と呼ばれるアンチ・マテリアル(対物)ライフルを元にしていて、EXギアに合わせるために寸法がすべて約1、5倍に拡大されている。この改修によって全長が1メートルを越え、口径が15mmになったので大容量カートリッジ弾をそのまま撃つという〝怪〟物ライフルに変貌していた。 無論その重みは元が12キロなので想像を絶する重さ(約3倍程度)になっているが、EXギア用の兵器としてはは普通の重さと言えた。 「それじゃまずはさくらちゃんの実力が知りたいから、これを撃ち落としてみて」 なのはは直径10センチ程の魔力球を生成して見せ、海上へと誘導する。 「・・・・・・あ、そうそう、デバイスの補助は受けちゃダメだからね」 さくらは少し苦い顔をしたが、黙ってマーキングされた射撃位置につく。そうしてテストが始まった。 まずは止まった目標。距離は500メートル。 さくらは少し拙かったが、コッキングハンドルでライフルの初弾をマガジンからチャンバー(薬室)に送り込む。そしてライフルの銃床をEXギアの肩部装甲板にあてると、空中に浮いた魔力球を狙いすまし、引き金を引いた。 重い発砲音とともにマズルブレーキから飛び出た空の大容量カートリッジ弾は彼女の思い描いた通りの軌跡を描き、見事500メートル先の魔力球を貫いた。 「うん。さすがフェイトちゃんを追いつめただけのことはある」 なのはが感想を述べる。EXギアはその大きさから、通常操縦者の1.2倍ほどの動きをトレース(真似)するため、生身の人間よりはるかに精密作業に向かない。 しかし狙撃という作業は、ほんの数ミクロのブレですら着弾位置が余裕でセンチやメートル単位でずれてしまう。 さくらはこの最悪の組み合わせであれに当てたのだ。まさに天性の素質と言えよう。 「じゃあ次はちょっと近くなるけど、横に動く目標」 なのはの説明通り、魔力球が先ほどより近い位置に静止した。 彼女の手元に浮かんだホロディスプレイの数字によれば100メートル程らしい。 そのまま秒読みに入る。 「3、2、1・・・・・・!」 ゆっくりと右に動き出す魔力球。追う銃口。しかし満を持し、発砲されたはずのカートリッジ弾は外れてしまった。 「!?」 さくらが声にならない叫びを放つ。 「あれ、どうしたのかなぁ?」 「す、すみません・・・・・・もう一度お願いします」 なのはは頷くと再び秒読みする。 さくらは『次は外せない!』と地面に片膝をつけ、より安定した狙撃モードに入った。 そして動き出した魔力球に、彼女の必中の願いを込めたカートリッジ弾が放たれる。しかしそれは先ほどの再現映像でも見ているように掠りもしなかった。 「的が・・・・・・そんなはずは!」 納得できないさくらは等速直線運動を続けるそれに第2、第3射を放つが結果は同じだった。 目の前の光景にさくらは茫然としてしまう。 アルトも直感的に何か違うものを感じていた。初回もふくめてすべての弾道は正確だったはずだ。 (なのに全部外れただと?) その時なのはが堪え切れなくなったように笑いだし、その理由を告げた。 「さくらちゃん、避けないとは言ってないよ。狙撃専門のくせにそんなことも気付かなかったの?」 「え・・・・・・だってなのはさんそんなこと・・・・・・」 「さくらちゃんはまっすぐなんだねぇ。私がそんな風に実力と真面目さだけでこの地位まで登ってきたって思ってるの?」 「ち、違うんですか?」 そんなさくらの様子になのはは彼女を〝嘲笑〟するように笑った。 普段の彼女のイメージからかけ離れたその姿に、さくらはやはり茫然としていた。 (*) その早朝訓練では 「こんなこともできないの?これでよく今までやって来れたね」 などとボロくそに〝いびられた〟さくらはついに魔力球に当てることができないまま終了した。 午前は予定どうり陸上輸送隊からバルキリーの武装を受け取って格納庫に移送したり、整備員の受け入れ作業に終始した。 そして午後、スクランブル待機するアルトとさくらはロビーにいた。 さくらは自販機コーナーからコーヒーを2杯持ってきて、片方をベンチに座るこちらに差し出す。 「サンキュー」 「いえ・・・・・・」 彼女はそう返事すると力なく隣に座り込む。横目で確認してみると、その顔には今朝の元気はなかった。 『憧れのなのはさんが、あんな〝意地悪〟な人だったなんて・・・・・・』 と相当ショックを受けているらしい。 前回自分がその渦中にいたが、今回外部から見るその威力。アルトは内心 (やっぱりアイツの十八番が来たか・・・・・・!) と戦(おのの)いていた。 これは彼女の上級教導術だ。こうして教官自身が卑怯で意地悪な行動をすることで 「教導官は正しい。正義だ」 と思っている狂信者に幻滅感を持たせる。 また、狂信者でなくともモラルを持った人間は 「あんな奴なんかに負けるか!見返して見せる!!」 と自発的になったり事情を知る誰かから知らぬ間に誘導されて更に真剣に取り組むようになり、成長が早くなるのだ。 普段と違いすぎるためすぐに演技と見破れそうなものだが、訓練期間の異常な精神状態ではそれがマヒしてしまう。そのためさくらなどの素人だけでなく、演技を本職としたアルトでさえその期間はまったく感知できなくなってしまうのだ。 これは彼女が短期間で優秀な人材を育てるために編み出した教導のノウハウであり、自らの『優しいいい人』という社会的知名度を逆手にとった彼女の最重要機密だった。 彼女の教導を受けた者のほとんどはこの洗礼を受けており、自分も例に洩れず最初の1カ月間にこれを浴びていた。 また、彼女の教導を絶賛する者は大抵この洗礼を受けきった者逹だ。この教導の素晴らしいところは、最後には誤解が解け、共に歩んで行こうという気持ちになれることだった。 そのため卒業生はみんながみんな彼女を慕い、なのはが一声かければ仕事を放り出してでも集まって来てくれるだろう。(俗に〝なのは軍団〟という卒業生から構成された非公式の団体が存在したりする) ちなみに、六課の前線メンバーの4人には行われていないらしい。 なのはが言うには 「4人は他の生徒と違って若すぎる。それに1年間たっぷり時間があるから、絶対無理しないでいいように、ゆっくりで丁寧に教えてあげたい」 のだそうだ。 (まったく、アイツらが羨ましいぜ・・・・・・) さくらの元気が無いという重い雰囲気の中そんなことを思っていると、点いていたロビーのテレビのニュース放送が速報の電子音を鳴らした。 ────────── 『─────速報です。第6管理外世界において発生した恒星間戦争は開戦から今日で2ヶ月目に入りました。第6管理外世界は時空管理局・本局が次元航行船の造船を全面委任している世界で、管理局では対応が協議されていました。 それが今日、どうやらなんらかの動きがあったようです。今、時空管理局・本局支部の伊藤記者と中継が繋がっています。・・・・・・伊藤さん?』 キャスターの呼びかけにカメラが跳び、急いで中継を繋げたのだろう。荒い画質の人影を映し出した。彼の後ろには大中小多数の艦艇がひしめき合っている。 『─────はい、こちらは本局が艦隊拠点を置く次元空間内の停泊場です』 「こちらから見た所これと言って変化はないようですが・・・・・・何があったかわかりますか?」 『─────はい。実はつい1時間前にそこに・・・・・・あー、映せますか?・・・・・・はい。えーと、〝あそこ〟に接舷されていた廃艦予定だったL級巡察艦と、他9隻の高速艇が艦隊を組んで第6管理外世界へのホットラインルートに乗ったことが確認されました』 「理由はわかりますか?」 『─────いえ。本局は未だ出撃の理由は明らかにしていません。しかしそのL級巡察艦には〝アルカンシェル〟を積み込んだ形跡はなく、高速艇にも本格的な宙間戦闘ができるような武装を装備する設備は存在しません』 「?それはつまり、武装はしていないということですか?」 『─────確定はできませんが、極めて破壊的な装備はなかったものと思われます』 「なるほど、わかりました。また新たな情報が入り次第伝えてください」 『─────はい』 その一言を最後にカメラがスタジオに戻った。 「このニュースは続報が入り次第速報としてお伝えします。・・・・・・次に内閣支持率が20か月連続で60%を超えている現、浜本内閣について─────」 ────────── 実はこの本局の動きにはアルトや六課も一枚噛んでいた。 なんと言っても本局の要請と〝彼女〟本人の自由意思により、いやいやながらも送り出したのは彼らなのだから。 「元気で帰って来いよ」 アルトはその友人へ想いを乗せて呟いた。 時を同じくして第6管理外世界への直通ルートに乗ったL級巡察艦内で、緑の髪をした少女が可愛くくしゃみをしたとかなんとか。 「どうしました?」 どうやらさくらに聞こえてしまったらしい。 「何でもない」 と返すと、少し冷えてしまったコーヒーで喉を潤した。 すると不意に俯いていた彼女がこちらに向き直る。 「アルト隊長・・・・・・私ってなのはさんに嫌われてるんでしょうか?突然頼んでしまいましたし、やっぱり怒ってるんでしょうか・・・・・・私はどうしたら・・・・・・!」 さくらの問いに無表情を保っていたが、内心 (来た来た!) と叫んでいた。 実はこれとほぼ同じ問いをアルトもしたことがあった。相手は当時同僚だったヴァイスだ。 その時彼の答えはこうだった。 「さぁな。俺になのはさんの好き嫌いなんてわかんねぇよ。んだがな、嫌いなら訓練なんてやってくれたりしねぇって。それに1つだけ言えることがある。『諦めないで頑張ること』だ。俺達も全力でバックアップしてやる。きっと上手くいくから、いつもみたいに最後まで飛んでみせな!」 そのヴァイスのセリフと押してくれた背中にどれだけの活力をもらった事か・・・・・・ 推測するところでは、聞かれたらそのような要点のセリフを答えることが彼女の教導の伝統なのだろう。 そして世代は自分へ。 アルトはその時輝いて見えたヴァイスの姿を脳裏に思い出しつつ、満を持してそのセリフを吐いた。 「さぁな、俺にはわかんねぇよ。だがなさくら、嫌いなら訓練なんてやってくれたりしないだろうよ。それに俺も、天城だってついてる。諦めないで頑張ればきっと上手くいくと思うぜ」 (ちょっとキザだったかな?) 言ってからちょっと後悔して自らのセリフを省みたが、さくらの表情には生気が戻っていく。 「そうですね・・・・・・はい!頑張ってみます!」 その顔にはもう暗いオーラはなかった。 (*) その日はスクランブルもなく、六課のフォワード4人組に対する訓練は中断されることなく続いた。 (*) 1645時 訓練場 その時刻になると、なのはは笛を鳴らした。 「みんな集合~!」 なのはの呼び掛けに、それぞれの訓練に散っていた4人が彼女の元に集まる。 ティアナはなのはとの訓練のため、ほとんど動かなくて済んだが、他は違う。 スバルは〝フロントアタッカー〟と呼ばれるポジションの訓練のためにヴィータと組んでおり、エリオとキャロもフェイトと訓練に取り組んでいた。 そしてなのはは集まった4人に告げる。 「はい、みんなお疲れ様。今日の訓練はここまでとし、このまま解散します」 そのセリフを聞いた4人に戸惑いが走る。 しかしその事に関しての説明がないようなので、ティアナは4人の代表として手を挙げた。 「どうしたの?」 「はい。みんな疑問に思ってると思うんですけど、まだ6時じゃないですよね?」 六課の訓練は原則夕方6時までとなっており、延びたことはあってもいままで(出動以外で)早く終わったことはなかった。 「うん、それはね、私の〝個人的都合〟で1時間繰り上げることになったの。・・・・・・ああ、でも心配しないで。その分午前の訓練時間を伸ばすから。今後この時間割が3週間ぐらい続くから、そのつもりでね」 周囲の教官逹も了解している所をみると、どうやらなのはの〝個人的都合〟とやらはよほど重要であるらしい。ティアナ達はそれ以上詮索せず、言われた通りに解散した。 (*) 4人がいなくなってすぐ、さくらとアルトがやってきた。 「こんにちは。さくらちゃん、さっきは泣きそうだったのによく来る気になったね?」 笑顔を保ちながら言うと、彼女の表情が少し陰った。 自分で編み出しておいて何なんだが、正直この方法が好きではなかった。 周囲がいくら〝十八番〟と絶賛しようと、そして後で和解できるとしても、人の痛みを知っている自分としては人を傷つけたり貶(けな)すような言動はしたくないと考えていた。 しかし信念を曲げてまでも自分には彼ら生徒を育てる義務があった。 (はぁ・・・・・・「悪魔」って呼ばれてもいいけど、きっと「嫌な人」って軽蔑されてるんだろうなぁ・・・・・・) なのはは内心気落ちする。しかし気づくと、さくらの目は真っ直ぐこちらを見据えていた。そして彼女は言い放つ。 「なのはさん。私、負けません。きっとあなたと同じ高みに登ってみせます!」 その言葉のどこにも迷いはなかった。 「うん、やる気があることはいい事だよ。でも、これを落としてから言おうね」 手のひらに魔力球を生成して、手のひらで弄(もてあそ)んでみせる。 「はい!頑張ります!」 こちらの嫌みったらしい口調にもさくらは気落ちした様子を見せず、テキパキとEXギアに換装して位置についた。 なのはは初めての反応に驚いていた。この訓練ノウハウを確立、採用してから3年。今までいろんな生徒を見てきた。そのなかにはさくらのような者もいた。 分類としては〝挫けず頑張れる〟という生徒だ。しかしこのような生徒も大抵立ち直るのに1日はかかる。それに〝尊敬している〟というスパイスが効いているさくらなら2~3日は立ち直れないはずだ。 無論なのははその期間を無駄にせず、必要不可欠な基本練習をやればいいと考えていた。 (・・・・・・さすがアルトくんってことなのかな?) 聞けば有名な歌舞伎の跡取りというし、その演技力もすごいものだとフェイトやはやてから伝え聞いている。 今回さくらの心理誘導を彼に頼んだ覚えはない。しかし内心そうしてもらおうと考えていたので、鋭敏な彼の「望まれている自分センサー」に引っ掛かってそう演じさせてしまったのかもしれない。 なのはにも周囲に望まれている自分を演じるという経験が無いわけではなかったので、演技が本職の彼ならなおさらである事は容易に想像出来た。 「さすがアルトくん・・・・・・侮れない・・・・・・」 「?」 実は自分がされてカッコよかったことを真似したかっただけというしょーもない真相はともかく、訓練が開始された。 「・・・・・・それじゃ、今朝のテストの続きだね。あの魔力球を撃ち落として」 「了か─────」 さくらの返事が終わるか終わらないうちに魔力球を動き出させる。しかし彼女は慌てなかった。 前回と違って今度は流れるように初弾を装填すると、ライフルを肩に当てる。どうやら昼の間にそれなりの自主練を積んでいたらしい。 (うん、基本はまぁまぁかな。やる気は申し分なし。でもごめんね。この魔力球は落とさせないよ) 教導する時はまずある程度生徒の自信を打ち砕いてしまった方が染めやすい。このテストはそういう意味合いを持った重要な通過儀礼であった。 目前で狙いすますさくらはセミオートという機構を生かして立て続けに3発のカートリッジ弾を撃ち出す。 しかしそれが魔力球に当たる事はなかった。 それは魔力球が避けたのではない。さくらがそのカートリッジ弾に託した任務が違ったらしいのだ。 まず1発目が魔力球の行く手の海面に着弾。水飛沫をあげた。海水は魔力素の結合を脆くしてしまうため、レイジングハートに自動操縦された魔力球は反対側に退避しようとする。 しかし更にその行く手に2発目が着弾し、またも水飛沫が阻む。 3発目も同じ手だろうと判断したレイジングハートは、水飛沫など届かないぐらいに上昇をかけた。 だがさくらのカートリッジ弾は予想に反して魔力球の上を通り過ぎていく。 これをレイジングハートは人間によくある「未来位置予測の失敗」と判断して通常の機動に戻ろうとした時、カートリッジ弾が〝自爆〟した。 「実弾(魔力が封入されたカートリッジ弾のこと)!?」 その間も大容量カートリッジ弾という縛りから解き放たれた魔力が爆発的に炎熱変換され、火球を形成。魔力球を襲う。 レイジングハートは爆心から最短の離脱コースを設定する。しかしそれは爆心の反対側、つまり自分逹の方だった。 その魔力球の機動はさくらにはただの点に見える機動だっただろう。 唸るライフル 次の瞬間には魔力球の中心をカートリッジ弾が見事射抜いていた。 (*) 『Mission complete.(作戦完了)』 首に掛かったレイジングハートはそう告げると、さくらの足下にあった射撃ポイントのマーキングを消した。 彼女は精密照準器付きのヘッドギアを外すと、こちらを窺ってくる。 (面白くなってきそうだね・・・・・・・) 気付くとそんなさくらに素の笑顔を見せてしまっていた。 ―――――――――― 次回予告 教導により飛躍的に技量が伸びていくさくら しかしそれはある少女を不安にさせていく・・・・・・ 次回マクロスなのは第22話「ティアナの疑心」 「なのはさんは・・・・・・私達に手を抜いてる・・・・・・」 ―――――――――― シレンヤ氏 第22話へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3677.html
マクロスなのは 第21話『サジタリウス小隊の出張』←この前の話 『マクロスなのは』第22話「ティアナの疑心」 六課にサジタリウス小隊が来てから2週間。ティアナ・ランスターは不安に苛まれていた。 なのはの〝個人的都合〟がサジタリウス小隊のさくらに対するプライベート訓練であると知ったからだ。 無論彼女はそれだけで怒るような狭い心の持ち主ではない。 そしてさくらに対してもまた、敵意を持っているわけでもない。 それどころか戦法が似ているため、ティアナはさくらに「地上における射撃戦」を。逆にさくらは一撃必殺である「魔力砲撃による狙撃」を教えたり、果ては部屋に招待して泊まり会を開くほどに馬が合った。 そんなティアナが不安に思うこと、それはさくらの技量向上のスピードが異様に早いことだった。 年齢も階級も2つ~3つ上であることは確かだが、それ以上の何かがあるような気がしてならなかった。 そこでティアナは朝早く起き出し、訓練を覗くことにした。 (*) 0530時 宿舎 そこの玄関では、一通り身支度したティアナが訓練場に向かって走っていた。 (やっば・・・・・・30分も過ぎちゃってる・・・・・・) ティアナはその身の不覚を恨んだ。 朝起きると、すでにさくらから聞いていた開始時刻、5時を回っていたのだ。 そして彼女にはもう1つ不覚があった。それは───── 「ねぇティア、さくら先輩頑張ってるかな?」 背後を走る青い髪にハチマキを着けた相棒が聞いてきた。 彼女の相棒であるスバルは、今回朝が早いため起こさないつもりだった。しかし寝坊に慌てたティアナは、起き上がった際に頭を二段ベッドの上の段にぶつけ、そこで寝ていた彼女を起こしてしまっていた。 ティアナは走る速度が鈍らないようにしながら振り向く。 「たぶんね。でもいいの? あんた、昨日遅く寝てなかった?」 ティアナの脳裏に、家族に手紙を書くため机に向かっていたスバルの姿がフラッシュバックする。 しかしスバルはかぶりを振った。 「ううん。私の体は2~3日寝なくても通常行動には何の問題もないように〝できてる〟から全然大丈夫ぅ~。それに、ここまで来て引き返せないよ」 「ま、そうよね」 そうこうするうちに訓練場に到着した。しかしなのはにも、さくらにさえ見学しに行くことを言っていないため隠れて見ることになる。 茂みに隠れ、模擬戦をやっているらしいなのは逹を見つけたスバルが一言。 「実戦さながらだね・・・・・・」 彼女の言う通り、訓練場を超低空で浮かぶなのはとさくらの2人は、中距離で撃ち合い激戦を繰り広げていた。 ────────── さくらのカートリッジ弾がなのは目掛けて発砲される。 なのははそれを数発迎撃するが、数が多いため魔力障壁とシールド型PPBを併用して幾重にも張り巡らす。 そうして着弾したカートリッジは1番外側にあった魔力障壁に着弾し、そこで爆発した。 爆発は一瞬にして障壁を破り、内部のもう1枚を破るが、外から3枚目に展開されたシールド型PPBに完全にブロックされた。 いわゆる〝スペースド・アーマー〟の原理を応用したシールド展開術だ。 最近アップデートされたカートリッジ弾は、成形炸薬型と触発または遅発砲弾型、そして空中炸裂型の3種類のモードの選択が可能だ。 成形炸薬型は装甲を高温高圧のジェットで溶かし、内部の乗員(主に装甲車の)を殺傷する質量兵器の成形炸薬(HEAT)弾と同様に、炎熱変換のジェットでそれを行う。 〝スペースド・アーマー〟は、主に装甲車に使われる機構で、対成形炸薬装甲として有名だ。 高温高圧のジェットは最初の1枚目で最大の威力を発揮する。そのため1枚目と2枚目の間の空間を設けることにより、ジェットを減衰、無力化するのだ。 さくらの発射したのはホログラム弾だが、ホログラムによってこの現象が精密に再現されている。 しかし残念ながらこの現象は1秒に満たない間に起こるので、ティアナ逹にはなのはがシールドを2枚犠牲にして身を守ったとしか認識できなかった。 なのははシールドを解除すると、その機動力を生かしてローリングするように次弾を回避して同時に反撃に転じる。 放たれた10を超える大量の魔力誘導弾。1発1発に〝撃墜〟という揺るがぬ意思のこもった誘導弾は鋭い機動でさくらに迫る。 さくらはEXギアからチャフとフレア。ライフルからは魔力弾を連続発射して後方から迫るそれらを撃ち落とす。輝く光弾に数発の誘導弾が吸い寄せられ、無益に自爆した。 その間もなのはから次々と畳みこむように放たれる誘導弾。その数は最初から数えて40は超えているだろう。 さくらは迎撃を続けながらも健気に牽制射撃を織り混ぜ、ようやく空中炸裂設定のカートリッジ弾の弾幕で作った散弾でなのはに回避の時間を作らせることに成功する。 しかし稼げた時間はコンマ5秒に満たない。 それでもさくらはなのはから無理やりもぎ取った隙を突いて、したたかに生成していたらしいハイマニューバ誘導弾で応戦した。 ────────── ティアナはその模擬戦を見ながら息を飲んだ。 いつも自分達がやっている模擬戦のほとんどが、例え難しくともクリアが可能なように作られたゲームに感じられる程の息つかせぬ攻防。 これほど内容が密ならば、短い内に技量が格段に向上するのもわかる気がする。 しかし同時に、ある疑問が頭をもたげた。 (どうしてなのはさんは私達にゆっくりと基本ばかり教えるんだろう・・・・・・?) 確かに4人もいるため、多少ゆっくりになることがあるかもしれない。しかし最近では個々の訓練になって手が足りないというわけではないはずだ。 またなのはの教導は、ティアナのアカデミーの教官曰く、 「期間は短いが、テンポよく、スピーディー。内容がしっかりしており、エースの名に恥じぬ教導」 と絶賛していた。 つまりなのはは極めて短時間で新人を1人前まで叩き上げられるということになる。 しかし自分は教導が始まって5カ月が経ったというのに、強くなった〝実感が〟持てずにいた。 そしてそのことが、彼女は1つの結論を導き出させてしまった。 「なのはさんは・・・・・・私達に手を抜いてる・・・・・・」 「え?」 スバルがキョトンとした顔で振り返る。 そんな彼女にティアナは自分の結論を並びたてた。 スバルはそれを静かに聞いていたが、どうも懐疑的だったようだ。 しかしこちらの言い分も理解できると見え、折衷案を提案してきた。 「じゃあ、今度の定期模擬戦で、なのはさんに勝っちゃうってのはどうかな?」 スバルの言う定期模擬戦とは、数ある模擬戦の中で唯一日程の決まった模擬戦の事だ。 基本演習の合間に行われる模擬戦は〝抜き打ち〟が常道だが、普段忙しいフェイトが参加するため、やむを得ずスケジュールとして組み込まれていた。 この模擬戦は、今目前で行われている2人の模擬戦に負けず劣らずハードであり、形式は分隊ごとに分隊長vs新人2人で行われる。ちなみに新人の目標は隊長に一撃を与えることだ。 この5カ月で4度行われたが、スターズの2人は3度完璧に押さえ込まれ、4度目で初めて時間切れという引き分けに持ち込んでいた。 なのはによると、訓練の進度に応じて難度を上げているため、引き分けられれば十分合格だという。 確かにこれに勝てば、彼女の驚きは大であろう。 「面白そうね。でも訓練どうりやると引き分けちゃうから、何か秘策を考えなきゃ」 2人はその後、時間が許すまでその場で対策を考えた。 (*) 12時間後 ティアナとスバルの2人は通常の訓練を終え、宿舎の反対側にある雑木林に集まっていた。 「ティアは何か思いついた? 私は全然~」 早くも投げ出した相棒に不敵な笑顔を見せてみる。 「大丈夫、ばっちりよ」 サムズアップ(握った拳から親指を上に突き出す動作)して見せると、スバルは 「さっすがティア!」 と囃し立てた。 「じゃあ作戦を話すわよ。まず、通常のクロスシフトAを装うの」 クロスシフトとは、2人の戦術の名前だ。 ティアナの射撃で敵を釘付けし、スバルが接近戦で止めを刺す方法がA。その逆のBの2種類がある。 「私は最初にクロスファイアで誘導弾をばらまいて姿をくらますから、あんたはなのはさんを、まるでこっちが本命であるように見せかけて釘付けにして。そのあと私が砲撃する」 「え? ティア、砲撃はまだ時間がかかるから無理だって─────」 そう言うスバルのおでこを軽く指で弾く。 「バーカ、フェイク(幻影)に決まってるでしょ。第一、私の砲撃が歴戦のなのはさんの魔力障壁を貫けるわけない。引き分けならそれでも良いけど、私達は勝たなきゃいけないの。だから私は─────」 ティアナはカード型になったクロスミラージュを起動、2発ロードする。 果たしてそこには銃剣を着けた一丁拳銃の姿があった。 ティアナが接近戦という発想がなかったスバルが絶句する中、話を続ける。 「これならシールドを切り裂いて一撃を与えることぐらいは、できるはずよ」 スバルも驚くとうり、なのはも想定していないはずだ。訓練では射撃と指揮が主な内容で、接近戦など習ってない。 失敗すれば一網打尽だが、成功すれば見返りは大きい。 ティアナは作戦に確かな手応えを持って、特別訓練に臨んだ。 (*) その後1週間、通常の訓練の合間を縫ってスバルと新戦術〝クロスシフトC〟の訓練に明け暮れた。 内容は主にティアナの近接戦闘の訓練と、上空に止まるであろうなのはへの隠密接近である。 近接戦闘についてはスバルは臨時教官として適役であり問題はなかったが、接近方法に難があることがわかった。 空を飛べない2人はスバルのウィングロードが〝空〟への唯一の足場であり、スバル自身はマッハキャリバーのおかげで約90度の斜面を余裕で登る事ができる。 しかし己の足で走るしかないティアナにはスバルの使用する急斜面のウィングロードは使えない。 しかしティアナに合わせるという客観的に見て極めて特殊で無駄な機動はなのはに作戦が感ずかれる可能性があり、訓練は困難を極めた。 そこは結局 『どうせ1発勝負なんだから』 というティアナの一言により、なのはの上空を通るウィングロードを敷き、そこにクロスミラージュのアンカーを打ち込んで一気に上がる案が採用されることになった。 (*) 模擬戦前日の夜 2人は特訓による最終調整を終え、明日に備えての余念がなかった。 いつもはデバイスの自己修繕機能やクリーニングキットによる整備、1回で終わらせるところだが、今回はオーバーホールして1部品ごとに磨いていた。 2100時 オーバーホールを始めて1時間が経ったこの時、2人の部屋に訪問者がやってきた。 〝ピンポーン〟というインターホンに、ティアナはトリガープル(引き金)を磨く手を休め 「開いてますよ」 と訪問者に呼び掛けた。 「失礼します。うわ・・・・・・なんだか凄いことになってますね・・・・・・」 入ってきて目を白黒させたのは、さくらだった。 確かに部品数の比較的少ないティアナはともかく、可動部が多いため必然的に部品数も多いスバルのデバイスの部品が、床一面に広げられている光景は驚くに値するだろう。 「こんばんわ~さくら先輩」 マッハキャリバーのローラー部を組み立て、油を挿すスバルが手許から目を離さずに挨拶する。 「こんばんは。明日の準備ですか?」 さくらの質問にティアナが頷き、作業に戻る。 「そうですか・・・・・・じゃあ、邪魔しちゃ悪いですね。私の教導期間はもう終わりましたから、また明日にでも〝これ〟やりましょうね」 さくらはトランプをシャッフルする手真似をする。 「は~い。待ってますよぅ~」 スバルの返事を聞くと、さくらは出ていった。 さくらが持っていた冊子には、2人とも気づかなかった。 この時もし、もっとさくらと話を続けていたら、この先の未来は違ったかもしれない。 (*) さくらはロビーに着くと、ソファーに座り、何度も読み返したその冊子を再び開いた。 それは20ページほどで、訓練終了とともになのはから 「今後の参考に」 と貰ったものだった。 そこにはこの3週間の訓練記録や今後の「近・中距離機動砲撃戦術」の発展予想。短い今回の訓練期間で抜けきれなかったクセの解消方法や、この戦術のバルキリーへの転換に関するアイデアやアドバイスなどのあれこれが書いてある。 しかもこれらは全てなのはの経験に基づいて書かれており、とてもデータベース化して〝量産〟されたどこにでもあるような対策集とは違う、思いやりがあった。 なぜならどれも自分の特性に合わせてわざわざ新たに書いてくれたものらしく、彼女の砲撃のように正確に的を射ている。 そんな目から鱗の冊子の最後にはこう〝手書き〟で書かれていた。 ────────── 3週間の訓練ご苦労様 さくらちゃんはこの3週間よく頑張ったと思います。 戦術はテクニックさえ身につければできるものではなく、基本の習得が最低条件です。だから少し厳しかったかもしれないけど、よく着いてきてくれました。ありがとう。 でも1つ、謝らせてね。 演技でも意地悪な態度を取ってごめんなさい。本当はうちの4人みたいにゆっくり、優しく教えてあげたかったのだけど、出来なくてごめん。 これからも空を守る友達でいてね。 私はさくらちゃんと一緒に空を飛べる時を楽しみに待ってます。 高町なのは Dear my friend 工藤さくらちゃんへ ────────── さくらは読み返すうちに何度も込み上げる嬉しさに身震いした。 (やっぱりなのはさんはいい人だった!だってずっと私を見ていてくれたんだもの!) こうしてなのはの教導の卒業生から構成された俗に言う〝なのは軍団〟の名簿にまた1人、その名が加えられた。 そこに宿舎内に併設された大浴場から出てきたのか、マイ桶にタオル等を入れて持つ、アルトと天城が現れた。 「よう、さくらちゃん。どうだい、訓練の方は?」 なんにも知らない天城が聞く。彼はこの3週間、アルトとの模擬戦と小隊としての任務(スクランブル待機など)に徹していた。 そのためこの3週間で20数回あった敵出現の報の内、小規模だった15回は天城と基地航空隊のCAP任務部隊のみでケリをつけていた。 この働きのおかげで、六課の4人やさくらの訓練を中止しなくてもよくなり、大変感謝されていた。 「はい、今日終わりましたよ。とてもいい経験ができました。これも支えて下さった天城さんやアルト隊長のおかげです。本当にありがとうございました」 アルトは深々と頭を下げるさくらから、机に広げられている冊子に視線を移す。 「お、早速読んでるみたいだな」 さくらは顔を上げて 「はい!」 と頷くと、冊子を手に取り胸に抱く。 「もう感動しちゃって・・・・・・まさかここまで私のために考えてくれているなんて!」 「だから言っただろ。諦めずに頑張ることだって」 「はい!アルト隊長のお言葉があったればこそです!」 シンパシーで通じ合っている2人はともかく、天城にはなんのことかわからず首を捻るが、2人は構わず話を続けていった。 「それにしてもアルト隊長の言う通りですね。ティアナさん達が羨ましいです」 なんでもさくらは冊子を受け取った後、なのはから六課の4人の分を見せてもらったという。 なのはによると、4人の教導がちょうど半年になるため、明日の模擬戦終了時に渡すらしい。 「ページ数は同じ20ページぐらいだったんですけど、内容の密度がすごいんです!よく入ったなぁ~ってぐらい」 「・・・・・・そういえば、俺も20ページ前後だったな。何かこだわりがあるのか?」 「はい、なのはさんによると───── ────────── 2時間前 六課隊舎3階 中央オフィス ズラリとコンピューター端末が並ぶ中、さくらとなのはは通常勤務時間外で他には誰もいないこの部屋に来ていた。 なぜならなのはに明日4人に配ろうと思っているという冊子の添削の助言を求められたためだ。 さくらはまだ電子情報の文書をスクロールしていく。 「・・・・・・あの、なのはさん、どうして20ページに収めようとするんですか?この内容だと50ページぐらい使った方が無難だと思うんですが・・・・・・」 さくらは〝極めて〟よくまとまった文書を批評する。さくらの目には、この内容を記載するのに、A4用紙12枚(表紙、背表紙で2枚)は余りに少なく映った。 文字が小さくて多い、俗に言う〝マイクロフィルム〟のようだ。というわけではない。 図は効果的に使っているし、紙一面文字がびっしりというわけでも、文章の構成が下手というわけでもない。 たださくらには、行間からにじみ出る〝文字にならない声〟が聞こえて仕方ないのだ。 つまり、なのはの言いたいことがまだあるような気がしてならないのだ。 この寸評に、なのはは頭を掻いて 「う~ん、そうなんだけどね。今まで教導してきたみんなにこういうのをを渡してるんだけど、だいたいこれぐらいじゃないと実戦で活用しきれないんだよねぇ・・・・・・」 と困った顔。 どうやらこの20ページというのは経験則に基づいた数字らしい。 確かに貰った方も、多すぎて覚えきれなければ扱いきれないことになる。 ならばまとめた方が覚えやすいかもしれない。それに彼らにはまだ半年の教導期間があるのだ。 (覚える時間がそんなにないティアナさん逹にはちょうどいい分量なのかもしれないな) さくらは思い直し、文書に目を戻した。 ────────── 「なるほどな。あいつらしい理由だ」 思い返すと、アルトの冊子も確かに要点のよくまとまった構成で、重要事項を後で思い出すのに苦労した覚えがなかった。 「はい。それに時間が長かったせいか内容がよく練ってあって・・・・・・ちょっと、妬いちゃいますね」 さくらがいたずらっ子のような笑顔を作る。 「そうだな。あいつらに、なのはの優しさが伝わってるといいんだが・・・・・・」 アルトの呟きにさくらも 「そうですね・・・・・・」 としみじみ頷いた。 (*) ティアナが目を開けるといつもの天井が見えた。 〝二段ベッドの上の段〟という名の天井は、ティアナの現(うつつ)への帰還に気づいたのか、ガタガタ揺れる。 「おはよ~、ティ~ア~」 顔を横に向け、天井の端から伸びる逆さの相棒の顔を意識のはっきりしない頭で数十秒眺める。するとやっと脳の言語中枢がアクセス状態になり、相棒の言った言葉の意味が、頭の中で固まる。 「・・・・・・おはよう。あんた、顔真っ赤よ」 「それはティアがなかなか返事してくれないからぁ~!」 彼女はそう言って頭を上に引っ込めた。 ティアナは起き上がろうとして、自らの右手が枕の下に入っていることに気づいた。 「・・・・・・あれ?」 引っ張ってみたが抜けない。 だが彼女の朦朧とした頭は〝なぜか?〟という問いを考えることを放棄し、枕に乗った頭を浮かせて抜くことに専念した。 すると、ゆっくり動き出した。 〝スーッ〟というシーツと枕を摩擦する音と共に出てきたのは縛ってあるのではないか?と、疑いたくなる程しっかりと握られた拳銃形態のクロスミラージュだった。 確か昨日、ベッドの中で目視による最終点検をしていたうちにウトウトしてそのまま眠ってしまったらしい。 初陣でゴーストを前に、クロスミラージュを落としてしまったことに悔しい思いがあった。そのため寝ながらも体の一部のように握り続けていられたのはこれまでの訓練の賜物だろうか? ともかく、それを見て始めてティアナの意識は覚醒した。 (そうだ。今日はXデーだったわね) ティアナはムクリと起き上がると、頬を叩いて気合いを入れ直し、洗面台へと向かった。 (*) 「―――――はい、それでは今月の定期模擬戦、行ってみようか!」 「はい!」 市街地になった戦場(訓練場)は今、ティアナとスバル、そしてなのはしかいない。 ライトニング分隊とヴィータは遠方のビルから観戦していた。 「それでね、今日はEXギアのアルトくんが参加しま~す」 なのはの一言に唖然とする2人。それを尻目にアルトがなにくわぬ顔で参上した。 「よぅ、俺も混ぜてもらうぜ」 「何で、何でですか!?」 「安心しろ。俺は直接、戦闘には関与しない。ただ、今日はホログラムの調子が悪いだろ?」 頷く2人。今日はアルトの言う通り、静止物の具現化は問題ないのだが、ホログラム製の模擬弾などの高速移動物の映りが劣悪だった。 そのため午前、午後の訓練は共に予備の実弾(魔力が封入されている実戦用のカートリッジ弾)で行われていた。 「それでスバルが殴り合う分にはいつも通りなんだが、なのはもティアナも非殺傷設定で戦うことになる。だからもしもの時の保険だそうだ」 アルトはEXギアを着けながら器用に肩を竦めて見せた。 以前にも記述したように、非殺傷設定と言えどAランクを越えるリンカーコア保有者の砲撃は危険なのだ。 なのはの〝AA〟級の砲撃をもし、シールド等で減衰せず直撃を受けた場合、被弾場所には2度の魔力火傷を負うことになる。 魔力火傷は全身に3度で致死レベルなため、死にはしないが危険と言わざるをえない。 そこでアルトは負傷の場合の緊急搬送などの保険と言うことらしかった。 とりあえず彼の戦力外通知に安心した2人は 「バリアジャケットに着替えて」 というなのはの指示通りにすると、相棒とアイコンタクトした。 アルトが空中に飛び上がると全ての準備が整う。 ジリジリと夏の暑い日射しがホログラムのアスファルトを、建物を、そして生身のティアナ達を熱する。 「それではよーい、始め!」 (*) ヴィータやフェイト、ライトニングの2人にアルトのおまけとして来たさくらは、ビルの中から観戦していた。 ホログラムとは便利なもので、本物と同じように太陽からの赤外線を完全にシャットアウト。また冷房がつくためバリアジャケットをしていなくともずいぶん涼しかった。 そして今そこでは模擬戦の様子が手に取るようにわかった。 「・・・・・・お、クロスシフトだな」 ヴィータがホロディスプレイに映るティアナ達を見て呟く。 『クロスファイヤー、シュート!』 その名の通り両腕をクロスして放たれた大量の誘導弾は上空に居座るなのはへと殺到する。 「・・・・・なんだ? このへなちょこな機動は?」 「コントロールはいいみたいだけど・・・・・・」 ヴィータとフェイトが首を捻る。 それらは『とりあえず数だけでも揃えてみました』とでも言って、当たるかどうかを度外視して放たれているように思えた。 「たぶんなのはさんの回避行動を抑制するのが目的ではないでしょうか」 「・・・・・・まぁ、そうか」 さくらの推測は妥当だった。これがスバルが要のクロスシフトAであるなら、なのはの回避機動の制御は必須であり、納得できる。 しかし───── (こんな露骨な作戦をアイツがなのは相手にやるのか) ヴィータは引っ掛かるものを感じながらもなのはに対して本当に強行突破し、弾かれたスバルを眺める内、 (新人ならそんなもんか) と疑念を打ち切った。 (*) 「こらスバル、ダメだよ!そんな危ない機動!」 弾かれ飛んでいったスバルを、口で追い打ちする。 「すみません!でも、ちゃんと防ぎますから!」 彼女はそう返すと戦闘機動を再開した。 背後から風を切る音。それに任せて見もせずに後方から来た誘導弾をひょいと回避する。 そうして今まで存在を忘れていたもう1人の敵戦力を思い出した。 (ティアナは?) 首を回して周囲を見渡すと、左目の視界の一点が一瞬真っ赤に染まった。 残像による視界不良はすぐに回復し、ビルの屋上から伸びる赤い一条の光線が目に入った。 その先にはこちらをレーザー照準し、見慣れないターゲットゲージで狙うティアナの姿があった。 (砲撃!) 長距離スナイピングはさくらの十八番であり、彼女がそれを教えたかも・・・いや、教えるよう〝仕組んだ〟のだから使ってくるだろう。さくらの訓練を認めたのもその目的を達成するためでもあったからだ。 (ちょっと失敗だけど・・・・・・うん、まぁ合格かな) レーザー照準によるロックは正確だが、こちらに発見されるリスクを増やし、事実こちらが発見できたので失敗だ。 だがティアナなら通常のデバイス補正でも十分当たるだろうし、その場合不意討ちなので十分勝算がある。 ティアナ達は私のシールドを絶対破れない聖壁のように思っているようだが、実はそうじゃない。 2.5ランクダウンした私は、すでに成長したスバルの攻撃を受け止めるのに精一杯で、続く砲撃を受け止めるなんてとてもじゃないけどできない。 だから今回の模擬戦は自信が付くように〝普通に頑張れば十分自分に一撃を与えることができる〟ような戦力配分がなされていた。 そして絶妙なタイミングでスバルが再び迫る。 私はティアナを見なかったことにすると、スバルに相対した。 こちらが放つ誘導弾を、スバルは機動と迎撃で乗り切り殴りかかって来る。 「うぉりぁぁぁ!」 打たれたその腕は轟音とスパークと共にシールドに当たり、進攻を止めた。 (さぁ、今だよ!) なのはは待ったが、なかなか撃って来なかった。 (*) こうして、彼女の思いを他所に、ティアナ達の作戦が最終段階を迎えた。 (*) ティアナは幻影を連続続行にすると、自身に光学迷彩とクロスミラージュのOT『アクティブ・ステルス・システム』を作動。隠れていたビルの1階から出る。 あれほど 『ティアナ・ランスターここにあり!』 とわざわざレーザーポインターで示したのに、〝気づいてもらえない〟とは。 自分がここにいないという引き付けが十分でないかもしれないが、予想通りの場所でスバルと相対している今が好機だ。 ティアナはアンカーを2人の相対している上空のウィングロードに打ち込み、巻き上げて急速に上昇していく。 まもなく幻影は解除されるだろうが問題ない。何しろあの幻影に気づいていないのだから。 そしてついに2人を通り越して最高点へ。 ティアナは右手のアンカーを頼りに天井(ウィングロード)に足を着くと、左手のクロスミラージュを2発ロード。魔力刃を展開する。 激突した2人は1歩もその場を動かない。 ティアナは自らを言い聞かせるように呟く。 「バリアを抜いて、一撃!」 最終目標地点をロックオン! ティアナは意を決し、アンカーを解除すると同時に天井を蹴った。 この日、白い悪魔は確かに降臨したという・・・・・・ To be continue ・・・・・・ ―――――――――― 次回予告 「あら、もう完成させたの?」 グレイスは変更リストに載った『ユダ・システム』の一行にそう呟いた。 次回マクロスなのは第23話「ガジェットⅡ型改」 「幸運を」 ―――――――――― シレンヤ氏 第23話へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/237.html
あの頃のあたしは弱くって、ただ、泣くことしか知らなかった。 新暦0071年のミッドチルダ空港火災。 逃げ遅れて、火にまかれて…私はただ、悲鳴を上げた。 お父さん、お姉ちゃん…おかあ、さぁん。 助けてほしくて、やけつきそうな喉で叫んで、でも、誰もいないのがわかってて。 やっぱり、あたしは泣くだけだった。 そのときだったんだ、初めて見たのは。 あの人の背中と、拳を。 魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果 雪に埋もれたはずだった。 鬼へと堕ちた父殺しの兄、散(はらら)が滅技、螺旋(らせん)を前に、 因果(いんが)を極めることあたわず破れたわが身は谷底に埋葬を完了されたはずであった。 では、ここは地獄であろうか? 八大地獄が一、焦熱地獄なれば燃え盛る炎にもうなずけようが、否である。 「…声」 天魔外道の行き着く果てたる釜の中、無垢なる叫びが聞こえる道理があろうか? 助けを求めている。 父を、母を、家族を求めて泣いている! 葉隠覚悟(はがくれ かくご)は立ち上がった。 目、鼻、耳より体液噴出! その躯もはや痛みさえ訴えず。 (わが体内、完膚無きまでに螺旋到達せり 臓器破損! 毛細血管に至るまで断裂! 以上より算出せるわが余命…) 三 十 分 也(なり) 委 細 承 知 覚 悟 完 了 鍛えしわが身のことごとく、これ牙なき人の剣なり。 力無くして泣く人の、祈りの声があらばこそ! 少女の悲鳴、聞こえたる位置は、あちら。 壁を抜き進むべくして固めた拳より冷静を回復。 (当施設は炎上中! 無軌道な破壊は全体の倒壊に直結 さすれば助かるものも助からぬ!) 「爆芯靴!!」 噴進装置、戦略兵器が機動の要。 轟音発し、焔(ほむら)を裂いて進むなり。 背部、脚部ともに加速良好! 我が身を鎧う零(ぜろ)へ、心中にて敬礼。 おまえのおかげで生あるうちに少女を救出できよう! 侵略戦争の鬼畜が証明にして、三千の英霊の血涙やどる、魂の結実…強化外骨格、零(ぜろ)。 おれはおまえと同じ涙を流すときめたのだ! そして理不尽に侵される生命など、あってはならぬ。 ならば立ち向かおう。 なんだか知らぬが、この火事という理不尽! 無力な少女が猛火の中とり残されて泣き叫ぶ大理不尽! 「当方に救出すべき未来あり!」 零(ぜろ)の頭はどこに行ったのか。 兄との最後の一撃を前に取り外してはいたが、それからどこへ行ったのか… 少し心配にはなるも、気を回す余裕、今はなし。 少女の姿、眼前にとらえたり。 その頭上に倒れ来る石像、理不尽の大権化なり! 今こそ示すべし。 踏み込み、そして跳び――撃つ!! 「 因 果 !!」 石像、爆散す この少女に 死なねばならぬ理由 なし その…わたしも、なんて言ったらいいのか。 あれ自体には、あまり驚かなかったんだ。 わたしと同じで、陸士の人が偶然居合わせてくれたんだなって。 すごく仰々しいバリアジャケットだな、とも思ったけれど、 そんなことより、あの子が助かった方が、ずっと「よかった」って気持ちだったから。 でも、近づいてみてからはびっくりした。 だって、鼻とか耳だけじゃなくて、目からまで血が流れていたから。 もう、ほとんど死にかけだって、近づかなきゃわからなかったんだよ? そのくらい毅然としてて、痛みも辛さも全然顔に出さなくて。 「この娘を頼む」 なんて言って、また火事の中に走っていこうとしたものだから、 わたし、後ろからバインドしちゃったんだ。 それしかなかったんだもの。 それでやっとお話を聞いてくれたときは安心したなあ。 「死にかけのあなたより、わたしの方がずっとみんなを探せるよ。 それだったら、あなたがこの子を連れて行った方が、あなた自身も助かっていいと思うんだけどなあ」 「…了解した。 ついてはこの捕縛の撤去を望む」 「うん、がんばってね。 死んだらやだよ」 あとは知っての通りね。 わたしのディバイン・バスターで道を作ってあげたから。 神 聖 巨 砲 ディバイン・バスター 敵の正体わからざればその矛先、大砲の砲門と思うべし。 幾度となく父、朧(おぼろ)に聞かされた言葉であった。 それをもってしてもこの威力… 杖より放たれた光条一閃にして天に穴穿つ大破壊! 葉隠覚悟は瞠目せざるを得なかった! まさしく戦略級! 大日本帝国最後の超々弩級戦艦大和の46サンチ砲でさえ、ここまでの真似をなしえるだろうか? が、問題ない。 力におぼれた者の傲(おご)り、この女性には見えず。 正義に威力は関係なし! それよりは託された信頼に応えるべし。 「感謝する」 「わたし、高町なのは、あなたは」 「葉隠覚悟、そして、強化外骨格、零(ぜろ)」 「…インテリジェント・デバイス、レイジングハート」 「Nice to meet you. Good luck」 名乗りと同時に各々の方角へ離脱。 斜め上へ穿たれた穴、三角跳びにて攻略せん。 その前に、腕の中の少女に伝えておかねばならぬ。 「きみの名は何という?」 「あぅ…う…」 「これより脱出する。 舌を噛まぬよう顎を引いていなさい」 「ま、待って…おねえちゃんは? お姉ちゃん、まだ中にいるの?」 脈打つ心臓に冷水きざす。 少女の家族、ともに取り残されている可能性、大。 「すまない、私にはわからぬ」 「お願い、お姉ちゃんを助けて、助けて」 「了解した。 だが、きみを安全な場所に送り届けてからだ」 「お姉ちゃんが死んじゃう!!」 少女の涙が零(ぜろ)の胸を打つ。 ――この少女に味わわせてはならぬ! かけがえなき人を失う痛み、身をもって知ったばかりであろう! 「一分以内にきみの安全を確保しよう。 その後、きみの姉上を間違いなく救出する!!」 爆芯靴、最大出力! 飛び上がり、壁を蹴る衝撃はすべて我が身へ。 父上、感謝いたします。 あなたより伝授された零式防衛術が、一人の少女を救い、 今一度内部へ突入する時間を啓(ひら)こうとしています… あのとき、わたしは直感的に思ったんだ… 「今日見たこの空を、絶対に忘れることはないだろう」って。 血だらけで、ごつごつで、ひやひや冷たかったけど、 それでも、どうしようもなく暖かかったあの手に抱かれて飛んだ空は… そして、見上げたるは見知らぬ天。 地平線の彼方まで続く高層建築群は、覚悟にとっては見慣れぬ光。 それは、人の営みの色。 見渡す限り、延々と拡がる… 21世紀初めの大破壊はどうした? ここまで復興した楽園など、聞いたこともない。 だが、それよりも今は。 「前方に装甲車発見、指揮車と思われる」 腕に抱いた少女に負担のかからぬ最大速度で目前に到達。 直後、傍らより飛び出してくる男あり。 「スバル、スバルじゃねえか」 「スバルとは、この少女の名か」 「おれの娘だ…」 ひったくられた。 間違いなく父であろう。 同時に、明るいところまで来て気づく。 「スバルさん」 「…う、うん」 「ご家族に買ってもらった大事な服を私の血で汚してしまったこと、申し訳ない」 頭を下げる。 弁償など今の自分にはできぬから、これがせいぜいなのが情けない。 「…な、なぁに言ってやがんだ、おまえは」 彼女の父から上がった声は、呆れそのものであった。 「ンな死にそうなザマでカッコつけてる場合かよ! おまえどこの所属だ? 誰かー、衛生班呼んでこーい」 「お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」 固辞せねばならぬ。 治療など、している時間なし。 スバルの言う通り、今この間にも彼女の姉が危険! 「おまえはバカか! 死ぬぞ」 「スバルさんと約束しましたゆえ… お姉さんの救出に向かわねばなりません」 「お姉…ギンガか、ギンガのことか?」 「ギンガさんというのですか、お姉さんは」 「確かにまだ中に取り残されているらしい…おれとしても心配でならん。 だがな、だからといって半死人を手伝いに駆り出すようなゲスな父親にはなりたかねえよ。 だからな…行くな、おまえ!!」 (…父親だ) 男の態度は覚悟を打った。 どうりで真っ直ぐな子が育つわけだ。 一人では泣き叫びながら、伸ばされた助けの手に「姉を助けてくれ」と叫ぶ少女が! なんということだ。 なおさら征きたくなった! 征かねばならぬ! 「では私はここから逃げ出します。 そして、勝手に征く!」 「は、はぁ?」 「御免!!」 たとえ、あの高町なのはが探していようと、 間に合わぬものの現れる可能性ある限り、死力尽くして屋内探索せん!! だが跳躍の間際、わがマフラーの端をにぎりしめるものあり。 「…スバルさん、危険だ。 放してほしい」 「もういいよ」 「もういい、とは?」 「お兄さん死んじゃう。 無理したら死んじゃうよ。 お姉ちゃんは…お姉ちゃんは、あたしが助けに行くから! だからお兄さんここにいて!」 覚悟の胸中、さらなる熱いものが通り抜けた。 …この子は、私のために涙を流してくれている。 そして、勇気を振り絞って、自らあの地獄に戻ると! 決意千倍、わが身すでに必勝。 父の言葉、今、真に理解せり。 無垢なる人の思いと言葉が、この身にありえぬ力をくれる!! しゃがみ、スバルに視線を合わせ、その頭をやさしく撫でた。 「心配せずに、待っていなさい。 私も、きみの姉上も、無事にここに戻る」 「絶対だよ、ウソはイヤだよ…」 「男に二言はない!」 嘘をつく私は地獄行きだ。 だが彼女の姉はそうはいかん! 今度こそ征く。 わが余命、残り十五分なり。 この父と娘がくれた力を勘案すれば、二十分なり! 「ちょっと待つですーっ」 「む…?」 面妖! またも振り向かされた先にいたのは…小人! 空を飛ぶ女性に先ほど出会ったばかりであるからさほど驚かぬが。 「あ、今、ちっちゃいって思ったですねー?」 「申し訳ない」 「いいです、ホントのことですから。 それよりギンガさん、見つかったですよ。 たった今」 「本当か!」 「本当です。 だから行かなくていいですよ。 おとなしくここで治療を受けるです」 「…だとよ。 さっさと医者にかかんな。 落ち着いて礼も言えねえじゃねえか」 小人の少女に相槌を打つのはスバルの父。 それだけ聞ければ安心というもの。 救出したのはきっと先に出会った、白を纏う女性…高町なのはであろう。 彼女は彼女の役目を果たしたのだ! 「…スバルさん」 「え…あ、はい」 「よかったな、姉上は無事だ」 安心した途端、意識が手から放れていった。 大理不尽、撃退せりといえども、まだ火事は終わらず。 戦わねばならぬと身を奮い起こすが、亡者に足を引き込まれるようにして堕ちてゆく―― 螺旋(らせん)、ついに極まれり。 見事だ、兄上… 「あっ、コラッ、倒れんじゃねえ! おーい担架っ つか…ぐおおおっ重てえっ なんだこのバリアジャケット! 気絶してるんならほどけろよな! …いや、デバイスか? こいつは…」 そこで、やっとあたしは気がついたんだ。 この人は、とっくの昔に限界を超えていたんだな、って。 それなのにこの人は、痛さも辛さも全然顔に出さないで… あたしにやさしく、ほほえみかけてくれたんだ。 弱いのをやめようと思ったのは、このときだった。 倒れたそばで泣きながら、ひたすらに願った。 このひとみたいに、強くなりたい。 そしてあたしは、あの人の拳を追い始めた。 心の奥にやきついた、くじけない拳を。 目次へ 次へ